76 邪神狩り
飛び立つクインの背に私とルーナ様、エルトを乗せる。
二人とも初めて飛ぶでしょうし、薔薇の蔓を腰に巻きつけて命綱をつけるわよ!
「風が! 『聖守護』!」
ルーナ様がクインごと包み込むような結界を張る。
球状の光の膜が私たちの周りを囲ったわ!
「まぁ! 便利ね!」
クインで空を飛ぶのは気持ちがいいけれど、風がどうにも邪魔なのよね!
私の場合は『怪力』の【天与】がそのまま体を守る効果もあるから、どうにか平気だけれど。
他の子も乗せる場合は難しいものがあるの。
でもルーナ様なら風避け結界を張れるわね!
ちなみにクインの背に乗っているのは私が一番前、それからルーナ様、エルトの順番よ。
「ルーナ様、エルト! 貴方たちがまだ行っていない場所はどのあたりかしら!」
「西側全域だ」
「そう! ……こっち側の地域、ずいぶん後回しにされているわね!」
「はい……気になってはいましたが、他の地域でも魔獣災害は起きていたので……」
悪意なく予言によって道を決められていた、ねぇ。
なんだか回りくどいやり方だわ!
「教団はずいぶん手の込んだことをするわよね! 面倒くさいわ!」
「まったくだ。かなり遠回りをさせられた」
「……ええ、本当にそうです」
邪神を倒したらアルフィナ領の魔獣災害がパッタリと止んだ。
現状、どうあがいても原因に間違いない。
王国各地で災害が起きていたのも、そもそも教団が影響していたってわけ。
「まったく許しがたいことだけど、今は邪神どもね!」
「そうだ」
「はい……!」
「じゃあ、とりあえず南へ飛ぶわよ!」
近くに行けば、たぶんわかると思うわ! 今回はルーナ様もいるからね!
空を旅しながら、ルーナ様たちの旅の話を聞く。
いつか私が『予言』で視たようなことも起きかけたことがあるらしいわ。
それからルーナ様が聞いたアマネの予言内容も。
分岐している世界の可能性、らしいわね。
そういえば『私』の顛末もいくつか聞いたっけ。
元から未来は一つじゃないと。
「だからルーナ様がいろんな異性とくっつくのね!」
「言い方! 私はそんなことしません!」
「うふふ!」
なんてやり取りは、アマネとの間にも何度もあったらしい。
アマネはルーナ様にそう指摘されても聞かなかったとか。
ふぅん?
「なんだか印象が違うわね!」
「印象、ですか? なんの?」
「アマネよ! アマネが異界……あっちの世界で暮らしていた時、そこまで話を聞かない感じの印象がなかったの」
「アマネ様の世界にいた頃の……アマネ様? それをどうしてクリスティナ様がご存知なのです?」
「『予言』の【天与】がね! あっちの世界でのアマネをよく私に視せるのよ! 私の予言って、どうもアマネの前にある予言書を盗み見するものらしいのよね! しかも邪神が干渉してきたら、その中に引きずり込まれるの!」
どういう仕組みなのかしらね!
「……つまり、今のアマネ様は本来の彼女ではない?」
「んー……。そうなのかしら。私は逆にこっちに来てからのアマネをよく知らないから。一緒にすごしていたら違和感があったかもしれないわね」
教団に利用されていることを本人が自覚していない。
それから……そうね。今までのパターンからすると。
「ねぇ、エルト。邪神と対峙している時、その体から声が聞こえるじゃない?」
「ああ」
「なんかあいつらの声って私やエルトになり代わろうとしている声なのよ」
「……そうだな」
「以前も、邪神レベルじゃないけど似たようなのがいてね。あっちの世界の人間の魂もどきがこう、こっちにやってきているって感じなの」
そいつは別人に取り憑いていて、しかもヨナを狙ってきていたのよね。
「あちらの世界の住人とこちらの世界の住人の魂を入れ替えるのが目的なのか」
「んー……。でも、あちらの世界の住人っていっても魂全部がこっちに来ている感じじゃなかったわよ。生き霊っていうのかしら、ああいうの」
「い、生き霊ですか」
「そうそう。それを束ねて……だから、そう。ルーナ様が聞いたアマネの世界には予言書が出回っていたって話でしょう? それが魂を吸い出す道具になっているのかしら」
「……そんな」
あっちの世界で予言書に多くの人間の魂を吸わせて、その中からアマネをピックアップして、こちらの世界に呼び込んだ。
そうね、それがしっくりするわね。
邪神たちが妙に人間っぽい感じなのはそれも理由。
「アマネって……危険かもね」
「え」
「連中の本命を呼び出すのに、かなり好都合なんじゃない?」
いえ、もっと好都合なのはたぶん?
「教団の計画だと、どこかで私を邪神に食べさせていたのよね、きっと」
「……クリスティナ様を」
「それでルーナ様と戦わせたかったのかしら」
『予言』の世界での『私』は、『毒薔薇』の【天与】を使っていた。
あの世界でも当然、三女神の象徴ではあったはずよね、薔薇って。
それなのに、あの扱い……まぁ、マリウス家を虐殺したのはさておき。
あのままの世界になっていたら、まさに三女神の冒涜になっていたはず。
少なくともリュミエール王国の民はイリス神を崇めることをやめていたでしょうね。
「恐ろしいことです」
ルーナ様がギュッと私の腰を掴んでくる。
ふふふ、なんだか可愛らしいわね、ルーナ様。
【天与】の影響なのか、元から彼女に嫌悪感はなかったのだけど。
こうして近くにいると守るべき姉妹みたいな気がしてくる。
ミリシャより、断然ルーナ様が妹の方がいいわね!
「ルーナ様、貴方は私の妹ね!」
「……はい?」
「そういう感じ」
「いえ、意味がわかりません」
うんうん! じゃあ、一緒に邪神を倒さないとね!
「たぶん、あっち! クイン!」
『キュア!』
まっすぐ南下していたクインに指示を出し、グイッと方向転換する。
勘の赴くままに飛んでいると、ビビッと来たわ!
「ルーナ様!」
「……! わ、私にもわかりました、ここの近くです!」
「わかるのか」
「は、はい」
「ラトビア嬢がそう言い出すのは初めて聞いた」
「た、確かにそうですね……。ですがこの感覚は……」
「クリスティナと一緒にいるからか」
「……おそらく、そうだと思います」
やっぱり私とルーナ様って影響し合うのねぇ。
「最初から一緒に行動していたら、もっと話が早かったわね、私たち! そもそも私が『怪力』の【天与】を上手く使えるようになったのってルーナ様と会ったおかげだもの!」
「……最初から」
だいたい全部、最初の段階から間違っていたのね、きっと。
それこそが教団の狙いだったのね。
──バキッ。
「あっ!」
「出てくるわね!」
邪神が出てくる大地の傷は、どうも私やルーナ様が近づくと大きく開くみたい。
私たちだけじゃないわね。予言書に出てくるエルトたちもそうよ。
以前までの遠征計画はレヴァンやエルト、ラーライラたちをルーナ様と一緒に駆り出すことが目的だったのかも。彼らがいると大地の傷が開きやすくなるから。
異界の、アマネの世界、〝ちきゅう〟っていう場所でアマネと同じように予言書を読んだ人間の魂がそれだけ多く惹きつけられる?
表向きにそうしていて、浄化されない場所で力を貯め込んでいた。
つまり、それって対象は私たちだけじゃなくて……? あー……。
「あとでマリウス家にいかないとだわ!」
「はい!? 今の流れでなぜ!?」
バキバキバキ!
大地の傷が空に開く。
ルーナ様といることで、より繊細になった感覚がそこから漂う意思を拾う。
「飢えているのね」
空のヒビ割れが大きくなり、異界から黒泥が溢れ出す。
あれは私たちが欲しいんだ。私たちになりたいのよ。
人間の体が欲しい。それだけじゃなく女神に関わる体が欲しい。
私、ルーナ様、ルフィス公爵令嬢。
他にも欲しい。なり代わりたい。
エルト、レヴァン、カイル、リカルドお兄様。
それからヨナも、セシリアも、ラーライラも、ミリシャも対象。
彼らは、彼女らは、私たちになりたがっている。どうしようもないほどに。
行き場を失った魂、でも魂そのものですらない。
生き霊を寄せ集めて、グチャグチャのドロドロに混ぜ合わせて作ったもの。
気持ち悪いったらないわ。
「触手と……炎……?」
蠢く黒泥と肉塊が輪の形になっている。
その肉塊は赤黒く赤熱していて、黒泥は油みたいに燃えている。
燃える体が輪の形をして、それが三つほどぐねぐねと交わっていて……。
ぐねぐねの輪の中央に三枚の花弁のような炎が咲いている。
一瞬、遠目で見れば綺麗に見えてしまうそれだけど。
「ひっ……」
ルーナ様が小さく悲鳴を上げてしまうほどに実際はグロテスクよ。
まず燃えている輪は肉塊だから、よく見ると気持ち悪いし。
花弁の部分も綺麗に見えて、バケモノの口内みたいにウヨウヨ、ウネウネしている。
しかも、燃える触手のオマケつき!
「あんなのが墜ちたら山火事になるわよ!」
「はい! どうにかしませんと!」
近付いたから出てくるなら、私たちが近付かないって手も考えてしまうけど。
きっとダメね。あれは力を蓄えていた。
そのためのルーナ様たちの遠回り遠征!
「浄化と消火の……水分多め薔薇!」
私は地上に向けて手をかざし、邪神の真下を埋め尽くす。
出力が上がっているおかげか、かなり広範囲よ!
邪神の炎が地上に落ちても、すぐに燃え広がらないはず!
「エルト、ルーナ様! 邪神狩り、やるわよ!」
私は二人に呼びかけてからクインの背で立ち上がる。
「はい! え?」
「じゃあ、クインは二人を運んでね!」
『キュア!』
クインに任せたあと、私は思い切り飛び降りた。
「クリスティナ様!?」
地面を埋め尽くす薔薇の中から、私に向かって伸びてくる薔薇の木。
それが何本も、何本も、高く、高く、邪神を囲むように生えてくる。
無駄に広げているわけじゃないのよ。
こうすることで大地の傷を広げないように周辺を浄化もしているの。
「とぉう!」
そんなことを考えつつ、高く伸びた薔薇の木に腕から蔓を伸ばし、体を受け止める。
丈夫で柔軟な蔓と、落下の勢いを利用し、振り子運動でそのまま邪神の反対側へ。
「ぁあああああ!」
勢いは止まらず、私の体は地上側を高速で移動したあとで高く浮かび上がった。
再び空に戻った私がルーナ様たちを見る。
すると、ルーナ様が光の結界で〝足場〟を転々と空中に作っているのが見える。
その空中に浮いた足場を使ってエルトがまっすぐに邪神へと向かっている。
「やるわね、エルトもルーナ様も!」
そういうこともできるのね、結界って! 空中に足場を作るとか!
そして私とエルトで挟撃の形となって。
「──フンッ!」
「シッ!」
エルトの魔剣が邪神の周囲の炎の輪を切り落とし、私の拳が中央の花弁を殴りつける。
『ァアアアアアア!』
あっという間に致命傷を与えられた邪神から、やっぱり人の声で断末魔が上がった。
私たちの体は邪神を討ったその場から地上へと落下する。
すると、私たちをフワリと包み込むように光の結界が生じる。
それは柔らかくて、温かい、シャボン玉のようなもの。
ルーナ様が私たちを守るために作ってくれた特別仕様の結界ね!
私とエルトは、どちらからともなく手を取り合い、シャボン玉結界によって地上へと、ゆっくりと落ちていったのよ。




