68 幕間 聖女の価値
「何あれ……」
リュミエール王国の王都。空に映し出された巨大モニターのような光の重なりに、その光景は映し出されていた。
「悪役令嬢、クリスティナ」
君柄アマネはそれを王宮で見上げていた。
その時、そばにいたのは。
「お姉様……!」
ヒロイン・ルーナの友人枠の一人、ミリシャだ。
二人は王宮の中庭にある四阿でテーブルを囲っていた。
ミリシャはレヴァンの凱旋に合わせて、王宮で会うつもりだったのだ。
聖女の友人であることを口実に王宮に入り込んでいた。
だが、そのミリシャは〝原作〟からは信じられないくらいの形相で空を睨んでいる。
「貴方、どういうことですの」
「えっ」
そのままの形相でミリシャがアマネを睨みつける。
「災害が起きた原因が、むしろ貴方の予言のせいですって?」
「えっ! いや、それは、違っ!」
確かにクリスティナは言っていた。
聖女の予言が、各地の災害の原因なのだと。
だが、アマネにとってそれは真実とは程遠い。
「私は! ただ、原作のルートから一番被害が出ないように伝えただけ! あんなの! だって悪役令嬢だよ!? ミリシャは信じるの!?」
「…………」
ミリシャは口を閉ざし、冷ややかな視線をアマネに向ける。
元より筆頭侯爵家の娘であるミリシャは異界の、それも平民であるアマネに好意的ではない。
都合よく使え、必要な情報を手に入れられると考え、友人のように振る舞っていただけだった。
「貴方、お姉様を陥れたいわけじゃないのよね」
「え? クリスティナを? そんなことないよ、ただ彼女は悪役令嬢だから……」
「またそれ」
苛立ちを通り越してミリシャは深く溜息を吐き出す。
「もうけっこうよ。貴方のそばにいたら私まで疑われてしまうわ。ああ、レヴァン殿下にお会いできるかしら……」
ミリシャは、アマネと会話するのもけがらわしいとばかりに目を逸らし、去っていく。
「なんで……」
呆然とし、置いていかれるアマネ。
この日から王宮での彼女の扱いは変化していくことになる。
アマネは今まで予言の聖女として、王宮の賓客だと扱われていた。
しかし、王都で映し出された光景とクリスティナの言葉から、周りの空気は大きく変わった。
「なんで、違うのに……私は、ただみんなのために」
アマネにとって、この世界はゲームの世界だ。
それでもこの王国に暮らす彼らがNPCだなどと思っているわけではない。
むしろ、生きている人間だと思っているからこそ嵐の予言をした。
魔獣災害が起きる場所を予言してきた。
今までそのことを感謝され、むず痒くも達成感を覚えていた。
「……キミツカ様、どうぞこちらへ」
「え、どうしたの?」
「御覧になっていただきたいものがあるそうです」
「そ、そう……」
ある日、呼び出された先に赴くと、そこは多くの人が集まっていて、ピリリとした空気が満ちていた。
「来たか、聖女よ」
「こ、国王陛下……」
ディートリヒ・ラム・リュミエット。
リュミエール王国の国王にしてレヴァンの父親。
三幕構成の原作、リュミエール・ラブストーリーにおいては主にレヴァンルートで登場する人物。
部屋の中にはヒロイン・ルーナも、レヴァンも、エルトも、ラーライラもいない。
彼らは再び遠征に出たのだという。
前回の帰還からそう日も経っていないというのに休む間も惜しむように。
「あっ……」
その中でアマネは見覚えのある人物を見かける。
「ふふ、私のこともご存知かしら、予言の聖女キミツカ様。それでもはじめましてよね?」
「フェリシア!」
アマネは、先程までの緊張感も忘れ、喜色を浮かべる。
当然、彼女はフェリシアのことも知っていた。
だが、会えるとは思っていなかったのだ。なぜなら。
「どうして? 隠しルートは解放されているはずないのに」
アマネにとってフェリシアは隠しルートのキャラクターだった。
隠しルートのヒーローは彼女の兄、ユリアンだ。
しかし、ある条件を満たしていなければ、そのルートは出現しない仕様だった。
「そっか、現実だもん、存在はしているなら会いに行けばよかったんだ……」
「…………いいかしら? キミツカ様」
「え?」
フェリシアは、ぶつぶつと言い始めたアマネに向かって微笑みを崩さずに言葉を紡ぐ。
「国王陛下の御前ですよ。貴方がどういう方かは聞いておりますが、時と場合は選んだ方がよろしいかと」
「あ……! も、申し訳ございません……!」
国王ディートリヒは首を振って無言で席に着くように促がした。
「続けてくれ、ルフィス公爵令嬢」
「ええ、もう終わっているかもしれませんけれど」
フェリシアが手を前にかざすと、そこから光翼蝶が現れ、室内を照らす。
「おお……」
『光翼蝶』の【天与】。その力は、すでに多くの人々が目撃している。
「またクリスティナにつなげるのか?」
「ふふ、それもいいのですけれど。今回視ていただきたいのはベルグシュタット卿の方ですわ」
「エルト……?」
アマネには伝えていなかった。
ルーナとは別動隊が動き、リュミエール王国の各地を巡っていることを。
パァアア! と光が溢れたかと思うと、それがモニター代わりにある光景を映し出す。
「これは……!」
「マリウス侯爵令嬢が果てで戦ったという邪神か……?」
「形が違うぞ」
「いや、形は問題ではない。明らかに同様の存在だ」
アマネはその光景に目を奪われる。
モニター代わりの光の向こうではエルトが戦っている。
戦っているのは、なんともいえない不気味な姿をした巨大な魔獣だ。
太ったヒキガエルとも、ナマケモノとも言えない姿をしており、全身が黒い泥でできている。
「何、あれ……」
アマネは絶句する。
「知らないのか? 予言の聖女アマネ・キミツカ」
「え、は、はい。あんなのゲームには出てきません……」
その言葉に、ざわりと動揺が広がる。
「……なんてことだ」
「では、なんだ? 本当にこの女が……」
「いや、本人に自覚はないのだ。だが、異界からの来訪者……異界につながる大地の傷……そこから現れる者たち……こんなつながりだとは……」
(何を、何を言っているの?)
アマネは向けられる視線の冷たさに恐怖を感じる。
「残念ながらルーナ様がそばにいらっしゃらないから、私の【天与】でも視るだけしかできません。やはり私たち三人の【天与】は互いに共鳴し合い、増幅するもののようですね」
「では、敵の目的は貴方たち三人の分断だと……」
「それだけではなくマリウス侯爵令嬢を陥れて……あわよくば殺すつもりで?」
大人たちが言葉を交わす中でもエルトは黒泥の巨体に切り込んでいく。
何度か危ない目に遭いながらも、エルトはその巨体を討伐してみせる。
「おお……! 流石は金獅子卿!」
「いや、本当にすさまじいですな、彼は」
「王国一の騎士の名は伊達ではないですな!」
その勝利に安堵と歓喜が広がる。
少しだけ空気が緩み、アマネも息がしやすくなった。だが。
「今、見たものが何かわかるか、予言の聖女よ」
ディートリヒが厳しい表情を崩さず、アマネを見据えながら問う。
「え? エルトがその……不気味な、大きい魔獣を倒した……?」
「それだけか?」
「それだけ……はい……その。私の知識には、あの魔獣はありません……」
「そうか。あれはどこで現れたと思う?」
「いえ、ですから、その。何も知りません……」
アマネにはわからない。
原作の知識には、あのような姿をした魔獣は現れなかった。
スチルに描かれるのは、せいぜいレヴァンやエルトたちが倒すことのできるサイズの獣型の魔獣たちしかいなかったのだ。
「ベルグシュタット卿が向かったのは、聖女が予言した道筋とはまったく別の場所だ。予言を叶えないための道を、卿がほぼ単独で向かった」
「え!? なんで! そんなことをしたらルーナが!」
ルーナの旅路においてエルトの存在は必要不可欠だ。
何度もルーナの窮地を救う場面があったはずだし、それだけ危険な旅だというのに、と。
アマネは心底からそう思う。
「今すぐエルトをルーナのところへ向かわせてください! 危険な旅なんですよ!」
アマネはそれまでの自信のなさなどなかったように、国王に向かってそう発言する。
「……其方は、あの光景を視てもまだそう言うのか」
「えっ、だって」
「では、ベルグシュタット卿が倒したアレはどうすればいいと思う。あんなものを対処できる人間は限られている。ベルグシュタット卿か、……クリスティナ嬢か」
クリスティナの名前が出たところで、部屋にいた者たちは沈痛な面持ちになり、目を伏せる。
「今、リュミエール王国は未曾有の危機に瀕している。これ以上、選択を間違うわけにはいかない」
「選択を間違うって、ですから私の言う通りにしてくれれば……」
「それが間違いであり、醜悪な罠だという疑念を無視してか?」
「うっ……! あれは!」
アマネの頭にもクリスティナが王都中に向けて発した言葉が蘇る。
それはアマネの存在を真っ向から否定するようなものだった。
本人はその自覚すらなかったのだろう。それがより腹立たしく……。
「あんなの、悪役令嬢の戯言です!」
アマネは激昂したように声を上げて、そう言い切る。
しん……と静まり返る部屋の中。
誰もが冷たい目でアマネを見た。
「あ……その、違……私、私は……ただ、みんなのためを……この国を救いたくて……犠牲者なんか出てほしくないから……」
「……そうか」
ディートリヒは厳しい表情から哀れむような表情に変わり、アマネを見る。
「お前にとってはそうなのだろう。その心に偽りはないのだ。だが、お前に与えられた情報は、予言書は……間違っていた。予言の聖女、アマネ・キミツカ。ずっとそなたは間違った予言で我らを乱し、この国に災いを招いてきたのだな」
国王がそう言い切る。
その場には大臣職につく者も多くいて、その発言は残るものだ。
「ち、違います、だって、私はただゲームの通りに……!」
「どうして、どのように、そうなったのかは我らも知らぬ。だが現実に王国に敵はいて、お前はその尖兵のようだ。……先程、大地の傷から出てきた邪神と同種の存在。お前が『人型の邪神』ではないという証明はできない」
「は……?」
先程、映し出された光景が目に浮かぶ。
あの不気味で、グロテスクな存在と、同じ存在だと。
言われた意味を理解する前に拒絶する。
「違います! 私は人間です!」
「そうか……。そう主張するのなら、大人しく謹慎を受け入れてくれるか」
「え、謹慎……?」
「正確には、お前は王宮の賓客にすぎない。謹慎という表現は適当ではない。ただ表に出ず、部屋の中で大人しくしていてくれ。監視もつけさせてもらう」
突きつけられたのはそんな言葉。だが、王の言葉であり、決定事項だった。
「聖女を部屋に。アマネ・キミツカ、お前が人間を主張するのなら、どうか大人しく過ごしてくれ」
アマネは王宮騎士に腕を引かれ、連れていかれる。
用意されている部屋がいつもとは違うものに見えた。
そうして数日後。
予言の聖女、アマネ・キミツカは王宮から姿を消した。




