67 幕間 邪神討伐作戦──ルーナside
フィリシア様の『光翼蝶』の【天与】は、王都の空に集まり、その光景を映し出す。
『フフン! 大勝利!』
それは目を奪われるような光景だった。
クリスティナ様は視ているのが私だけだと思っていたけれど、そうじゃない。
彼女が王国の果てで戦う姿は、王都で暮らす人々が目にした。
その言葉も、振る舞いも、戦う姿も。
──女神。
最もそう称されるに相応しいほど、綺麗で、それだけではなく、格好よくて。
「フッ……ハハハハハ!」
誰もが目を奪われ、心を惹かれ、息を飲んで言葉を失っていた。
光とともにクリスティナ様の姿が霧散していく中でベルグシュタット卿が大きく笑い声を上げる。
普段は、こんなふうには笑わない人だ。
ベルグシュタット卿は消えていく光に向かって片手を伸ばし、空へ掲げる。
「ああ、素晴らしい。俺は……クリスティナが欲しい」
「────」
ズキリ、と。胸が痛む。
わかっていたことだった。彼が誰を好きかなんて。
「だが、望むだけで手に入るような安い女性ではないな」
ベルグシュタット卿が掲げた手を握りしめる。
それは何かを決意したような表情と声音だ。
「レヴァン、行くぞ」
「え? どこへ……」
「陛下に奏上する。予言の聖女アマネに対する処遇、および今後の第三騎士団の動きについて見直す必要がある」
「え!? だけど、それは」
「クリスティナが言った。聖女アマネの予言は、予言ではない。むしろ災いを呼び寄せるものだと」
「……! でも、それはクリスティナが言っているだけで……しかも勘って」
「ああ、勘だろうさ。だが、それでもクリスティナは示した。女神の巫女であるこれ以上ない証を。こうして三女神の巫女と思われる者たちが揃い、実際に王国を脅かす脅威と戦うクリスティナの言葉を切って捨てることはできない。ゆえに今後の計画を見直す」
「……わかった」
「覚悟しておけよ、レヴァン」
ベルグシュタット卿は今にも王宮へ向かわんとする姿勢を見せつつ、レヴァン殿下に振り返る。
「クリスティナが評価される、ということはお前の評価は下がる。聖女の言葉を信じた以上、な」
「……わかっているよ」
はい。レヴァン殿下は後悔されていました。
だからこそ、今までの私たちの活動を見守ってくれていたのでしょう。
「ルフィス公爵令嬢、君も一緒に来てもらえるかい?」
「……ええ、レヴァン殿下」
フェリシア様は私に向けて微笑んでくれて、やっぱりその雰囲気はどこかクリスティナ様に似ていると思いました。
それから王宮では議論が始まりました。
これまでの遠征は、アマネ様の予言に沿って組まれていたのです。
けれど、そこの疑いは生じた。
クリスティナ様は私にだけ伝えるつもりだったようですけど。
王都中の人々が実際に戦うクリスティナ様の姿を視て、アマネ様の予言が災いの根源かもしれないという疑念を共有した。
「しかし、今までは……」
「だから、その功績そのものが元凶だったという話ではないのか」
「その疑いを発したのも、あくまでマリウス侯爵令嬢だ。予言を巡って聖女とは諍いがあったのだから、陥れるために嘘を吐いたとしてもおかしくはない」
「あの状況で? どう見ても、意図していない様子でしたが」
「それは……」
アマネ様はクリスティナ様が『傾国の悪女』になると予言しました。
でも、クリスティナ様はアマネ様の予言こそが災害の原因となっていると。
いえ、正しくは意図せず利用されている、ということですね。
私はその立場から、王宮の会議に席をいただいています。
フェリシア様も同じく。
そんな私たちにも、やっぱり確認されることがありました。もちろん、それは。
「お二人にも窺いたい。マリウス侯爵令嬢、クリスティナ・マリウス・リュミエット嬢は、お二人と同じく女神の【天与】を授かった者として……認められますか」
同じ立場としてクリスティナ様を認めるかどうか。
私はフェリシア様と目線を合わせてから小さく頷きます。
「はい。私はクリスティナ様も私たちと同じであると認めます。王都で、フェリシア様の『光翼蝶』の【天与】を通じて、あの方を感じました。私たちは同じであると、手を取り合うべきだと、そう強く感じたのです」
「ふふ、私もルーナ様と同じですわ」
私たちが認めると教会が黙っていられません。
三女神を信仰するリュミエール王国にとって、とても重要なことなのです。
「──証明する必要がある」
そんな会議の中、ベルグシュタット卿が立ち上がり、声を上げた。
「証明ですか、金獅子卿」
「クリスティナが正しいか、聖女が正しいかを」
「それは……そうだが、どうやって?」
「遠征計画の見直しだ。以前までは聖女の予言は、確かな方針として受け入れられていた。そして、実際に俺たちが行く先々で大地の傷は開き、ラトビア嬢の【天与】によって災害は防がれている」
はい、それについて異論は誰にもないようです。
「予言に逆らって動く。ただし、片方だけを信じて行動するのではない。両面作戦だ」
「両面作戦……?」
「騎士団を二手に分ける。一方はこれまで通り、聖女の予言に従って。もう一方は聖女の予言には従わず、動く」
「……聖女の予言に従わない方は、災害とは遭遇しないのでは」
「そうかもしれない。だが、逆の可能性は大いにある。実際、俺は聖女の予言から外れた先で、王都で映し出されたものとは異なる姿をした邪神と戦った。クリスティナと一緒に」
報告にあったマリルクイーナ修道院の件です。
別動隊が調査に動いていると聞いています。
「今まで聖女によって示されていたルートを〝特定の場所から遠ざける〟意図として解釈した。アルフィナに関する予言とは別件になるが……ラトビア嬢が近寄らないようにされていた場所を探る。そこに例の邪神がいるという見立てで、だ」
……! まさか。
「それは、かなり危険なのでは? 私もあの光景は視ましたが、とても一介の騎士が敵う相手では。あれは【天与】を授かった者だからこそ、どうにかできたのではありませんか」
「そうだ。だから俺が行く」
やっぱり。
「ベルグシュタット卿が?」
「もし、聖女が示さなかった道の先で邪神が現れたなら俺が討つ。それがリュミエールを救う近道だろう」
「エルト……」
ベルグシュタット卿がしたいことはわかりました。
そうして邪神を討たなければ……『クリスティナ様の横には立てない』と。
そう思われたのだと思います。
だって彼も、クリスティナ様が戦うあの光景を視たのですから。
どこまでもまっすぐに彼女のことだけを見つめている。
そんな彼の姿に……余計に私は。
「騎士団の戦力を下げるつもりはない。ラーライラは隊長として部隊を指揮するだけの実力を有しているし、ラトビア嬢もそちらについてもらう」
「……金獅子卿が単独で事に当たると?」
「多少の部下は連れていくつもりだが、少なくともレヴァンやラトビア嬢の守りを緩めるつもりはない。どの道、この調査は必要なものだ。誰かが確かめなければならない。その先にあのような脅威があるとすれば、クリスティナが王都にいない今、俺くらいしか相手はできないだろう」
「それは……」
王国一の騎士。ベルグシュタット卿は、そうまで称されているのです。
実際に彼の戦いを間近で見てきた私は、その噂が決して誇張されたものではないと思います。
私やレヴァン殿下とは別に、ベルグシュタット卿が別動隊を率いて〝ハズレルート〟の調査をすることに決まりました。
「私もできるかぎりの支援をしますわ」
「フェリシア様」
フェリシア様ですが『光翼蝶』の【天与】で連絡役をしていただくことになりました。
ご本人は同行せず、遠隔での協力です。
また、ルフィス公爵家には戻らず、教会に保護されるとか。
「なぜ、教会に……?」
「あら」
フェリシア様が私に向かって首を傾げます。
「だって私が公爵令嬢として振る舞っていたら、貴方の立場を脅かすかもしれないでしょう?」
「え?」
「【天与】を授かった者は、王族の婚姻相手として名を連ねることができる。そのうえ、その者が身分も高ければ言うことはなし。私がいると、貴方と私でレヴァン殿下の婚約者を巡った争いが起きるわよね」
「それは……」
実際、私とクリスティナ様との間で同じようなことが……。
「私、そのような争いはごめんなの。無駄に命を狙われたくないからね。本当のところは、これからのクリスティナ様次第だと思うけど、ルーナ様」
「はい、フェリシア様」
「まだまだ、彼女には驚かされるわよ。まだまだ嵐の中心はあの方のままね」
「え?」
そうしてフェリシア様は私だけに聞こえるように耳元で囁きます。
私は伝えられた言葉に驚愕しつつ、どこかで納得しました。
──クリスティナ様の実の父親は、亡き王弟殿下だ、と。
それが本当なら王妹殿下を母親に持つフェリシア様とも縁がある。
だから雰囲気が似ているのかと。
……確かに、クリスティナ様は、まだまだ嵐の中心のようです。




