66 エイガスト伯爵との交渉
邪神を倒したあとで状況が変わったのを感じる。
継続的に現れていた魔獣が現れなくなったのよ。
「やっぱりアレが原因だったっぽいわねぇ……」
「そうかもしれませんね」
魔獣は出てこない代わりに野性の獣が活発に動くようになった。
まぁ、人がいなかったからね。野性の獣たちの天下だったのよ。
それらを狩りしながら暮らして、しばらくは待機する。
魔獣が出てこなくなったのが一過性のことにすぎず、再発するかもしれないからね。
でも、生活に余裕が出てきたのは間違いないわ。
近隣の領地へ向かう余裕が生まれたから、貯め込んでいた素材を売ってお金にし、必要な物を買い出しに向かう。
ようやくみんなに報いられる時ね!
というわけで、お出かけよ!
ルーナ様だけど、あれから連絡は来ていないわ。
邪神と戦うため限定だったのかしら?
『光翼蝶』の力はルフィス公爵令嬢のものだろうし、簡単には使えないのかもね。
それからクインはあのあと、すごく素直に一緒に生活するようになった。
私の竜餌薔薇を好んで食べるの。
食用薔薇とは別に、クイン用の竜餌薔薇の畑も手入れ中。
騎士や侍女にさせる仕事じゃないけど、みんなも手伝ってくれているわ。
領主屋敷の近くにある、持ち主のいなくなった畑も手入れし始めているの。
今からだと秋冬野菜が育てられるんじゃないかって話している。
騎士たちとカイルが多少、心得があるみたいだけど……。
本当は領民が帰ってきてくれるのが一番なのよねぇ。
「これからどうなるのでしょうか」
「うん? 何が? リン」
今日は二頭立ての馬車に売り物を積んで御者はドルクが務めて移動。
私、リンディス、騎士イーヴ、騎士エヴァが護衛よ!
馬車の中にはセシリアと侍女フィリンが乗っているわ。
「アルフィナで起きると予言されていた魔獣災害は解決してしまったわけじゃないですか」
「そうねぇ。まだはっきりとはしないけど、たぶんね」
邪神を倒したこともそうだけど。
ルーナ様たちと力を合わせたことで、何か大きな流れみたいなものを変えた気がするのよね。
やっぱり女神の思し召しかしら。
力を合わせることが大きな意味を持つなら、敵の狙いって私とルーナ様の分断だったんじゃない?
「王命はすでに果たしたということです。であれば、あの地に留まる意味もないのでは」
「そうね……。でも、離れるにはまだ早いわよ」
「まぁ、それはそうですね」
というわけで結局、日々の生活を整えていく方向なのよね!
冒険者ギルドで魔獣素材を買い取ってもらい、まとまった資金を手に入れる。
それから必要物資の買い出しをしつつ、可能ならということで領主に会えないかを申し入れた。
〝貴族の証明〟を見せるだけじゃなく、今回は騎士や侍女を従えているからね。
さらに貴族感が増しているわけよ、フフン!
あと馬車がちょっと豪華めになったことも、それっぽいわ!
「マリウス侯爵令嬢、エイガスト伯爵がお会いになるとのことです」
「まぁ! とてもありがたいわね!」
なんと会えることになったのよ! アルフィナに接する領地の領主に!
いやぁ、先触れなしだし、駄目で元々のつもりだったのだけど。
そうして案内されて伯爵家の屋敷に入らせてもらう。
同行するのはリンディスじゃなく騎士イーヴとセシリアになったわ。
こういう場面ではリンディスは前に出ない方がいいって言うから仕方なくね。
私の一番の従者なのだけどね……。
今は私の立場が弱いから、表立って守れない面がある。悔しいわね。
「エイガスト伯爵、この度は急な来訪にも拘わらず、受け入れていただき、誠に感謝致します。私はクリスティナ・マリウス・リュミエットです」
今回は洒落たボウ・アンド・スクレープじゃなく、きちんとカーテシーで挨拶するわ。
「ええ、お噂は聞いております。マリウス侯爵令嬢。私はドルトン・エイガスト。この地の領主を任されております。お会いできて光栄です」
伯爵の態度は紳士的で、私に対する敬意を感じられたわ。
先触れなしで会ってくれたことといい、私に好意的な人物かもしれないわね。
というか、まだ私は除籍処分とか聞いていないし、普通に侯爵令嬢扱いなのかも。
家での私の扱いとか、現侯爵が実の父親じゃなかったとか、知らないでしょうし。
「世間話などを嗜みたくもありますが……まずは本日、来られた用件をお尋ねしましょう」
「ありがとうございます。伯爵、折り入ってお願いしたいことがありますの」
「お願いですか」
「はい。まず私は今、王命でアルフィナ領にいるのですが……」
魔獣災害に対処するための王命を受けたこと。
現在、それは片付いた可能性が高まったこと。
だから、これから必要になってくるのがあの領地の復興の段取りだということ。
それらを伝えていく。
「エイガスト伯爵は、かつてのアルフィナ領からの避難民を受け入れてくださったと聞いています」
「……ええ。我が領地だけで受け入れたわけではありませんがね。男爵領相当の人口ですから、どうにか対処できました」
一応、避難民を受け入れてくれたのは近隣の領地、三領なのよ。
エイガスト領に全員が避難したわけじゃないわ。
「避難民が、もし故郷に戻りたいと考えているならば、受け入れたいと思っていますの。とはいえ、現在の私はアルフィナ領を賜ったわけではなく、緊急事態と王命、貴族の証明を持つ者としての権限を理由として、あの地に残されたものを使っている立場にすぎませんが」
一応、こういう場合ってほど状況が合っているかは微妙だけど。
領主がなんらかの原因でいなくなった場合、正式な新しい領地の後継者が現れるまで、領主不在のままの民や領地を守ることは貴族が背負う義務の一つとして認められるのよ。
もちろん、それはどこまでも好き勝手にしていいという意味ではないわ。
のちに王宮からの監査も受けることになる。
ただ、その状況では、より悪質な誰かに領地を牛耳られることを防ぎ、災害に対処し切れない領民を導くために、貴族の一員として活動していいってこと。
「王国法で認められていますからな。この状況です。事実上、アルフィナ領は、マリウス侯爵令嬢が監督するものとして認められることでしょう。私も伯爵として、それを容認します」
まぁ! 隣領の伯爵が認めてくれるなら、これは後ろ盾も同然だわ!
私はこれで実質アルフィナ男爵! 名誉男爵ね!
ちなみに勝手に爵位を名乗るのは流石にアウトよ!
「避難民ですが、私の方で声をかけてみましょう。戻りたいと願う者は確かにいるやもしれません」
「ありがとうございます、エイガスト伯爵」
話がわかるわね! この感じだと避難民たちもよく扱ってもらえていそう。
「……しかし」
伯爵は、そこで話を終わらせず、続ける。
「いつまでもマリウス侯爵令嬢がいるとは言い切れません。領地に戻っても途中で投げ出される不安があるならば居着くことはないかと……」
それはそうなのよね。
私としては領民に戻ってきてもらってアルフィナ領をどうにかしたいなぁ、って思うけど。
その私がいつまであそこにいていいやら。
「こう言ってはなんですが、とりわけ特色のない、狭い領地です。避難民は受け入れましたが、アルフィナ領へ支援が欲しいと願われても、我が家に利益がなければ難しい話となります」
「そうですわね……」
まぁ、伯爵からすればリターンのない、慈善活動でそこまでできないわよね。
避難民を受け入れてくれただけで、かなり優しい伯爵だわ。
でも、リターンねぇ……?
「アルフィナ領に民が戻ってきてくれるなら、領地の特産品を残せるかもしれませんわ」
「特産品、ですか?」
「はい」
ここで私は許可を得て、残してあった食用薔薇を持ってきてもらう。
「こちらは……?」
「食用薔薇です。私の【天与】で咲かせた薔薇を、畑で育つように調整しました。まだ、私の管理下ですが、いずれ私の手を離れても育つようにしていくつもりです」
「【天与】……。マリウス侯爵令嬢の噂は、いくつか耳に入っておりますが……」
「良ければお見せしましょうか?」
「……ぜひ」
伯爵が興味津々の様子でそう言うので遠慮なく薔薇を咲かせてあげた。
ついでの浄化の黄金薔薇と……とっておき。
「──水晶薔薇」
私の手元に生まれたのは、文字通り水晶でできた薔薇。
ほぼ鉱物に近い硬さを持っている。
触れたら簡単に壊れてしまいそうな透明感よ。
「おお……」
伯爵は驚き、そして感動してくれている。
黄金薔薇もいいけど、水晶薔薇は一際綺麗なのよね!
これは売れそう! って思ったから、カイルやセシリアたちと調整していたのよ!
「こ、これはまさしく女神イリスの……」
「ふふ、かもしれませんね。【天与】ですから」
リュミエール王国が信仰する三女神の一柱、剣と薔薇の女神、イリス。
ちょっと部屋の内装で気になったのだけど。
もしかしたら伯爵って信心深い人なのかもしれない。
自己中心的な人物だったら、避難民を受け入れるとかしなそうだものね。
「お譲りしますわ。ですが、薔薇は薔薇ですから。儚いものです」
「そうですな。しかし、短い時間であろうと、これは素晴らしいものです。陛下に献上することもお考えになっては?」
「……なるほど?」
陛下に献上、つまり賄賂!
水晶薔薇とか差し上げるから王都追放を撤回してくださいってお願いしてみようかしら。
あ、それと実は私、王族でぇす! とか名乗ってみる?
……たぶん、こっちは大問題になるから黙っておきましょうか。うん。
水晶薔薇や黄金薔薇を渡したことで、伯爵はかなり好意的に話を進めてくれたわ。
領民とこういう実績が発生することで、いずれアルフィナ領がエイガスト領に組み込まれることもあるかもしれないわね!




