64 幕間 女神の巫女
『救国の乙女』ルーナを擁する大地の傷を浄化する旅は、すでにリュミエール王国の国土を半分以上、終わらせていた。
人々のルーナへの賞賛は過熱する一方だ。
「え、新しい【天与】の発現者が?」
旅の先でその一報を受け取るルーナたち。
「ああ。しかも、ルフィス公爵家の長女だそうだ」
「公爵令嬢……」
その名は、フェリシア・ルフィス・リュミエット。
『光翼蝶』の【天与】を発現したのだと王家に報せたという。
「光翼蝶……」
光る蝶。それは女神シュレイジアを象徴するもの。
「クリスティナの『毒薔薇』と合わせると、これで三女神の象徴たる【天与】が揃ったことになる」
「……では、私の『聖守護』は女神メテリア様の【天与】であると?」
「少なくとも、他の二人が〝薔薇〟と〝蝶〟なら、民はそう思うだろうね……」
レヴァンが肯定すると、ルーナはどう返せばいいのかわからず、苦笑する。
「では、やっぱりクリスティナ様も悪女などと言われるようなことはないのですね」
この場には聖女アマネはいなかった。
聖女は常に彼らと同行しているわけではなく、行先を示したあとは、足手まといにならないために王宮で待機することが多い。
「……そうだね」
「ああ、おかげさまで王家の評判は落ちているな」
「エルト!」
横にいる王太子レヴァンをからかうように笑うエルト。
「事実だろう?」
「うぐ……そうだけど」
「えっと、王家の評判ですか?」
ルーナはレヴァンとエルトのやり取りに首を傾げた。
「クリスティナが三女神の象徴たる【天与】を発現したならば、ラトビア嬢、ルフィス公爵令嬢と合わせて、三人は〝女神の巫女〟と呼ばれる。そんな彼女との婚約を解消し、王都を追放したとなれば王家が責められることになるさ。俺とラトビア嬢が行く先々でクリスティナを持ち上げていたのも大きいだろうな」
「ああ……」
ルーナは、ますます苦笑いする。
救国の旅をしながら、クリスティナの悪評が広まらないようにルーナは活動していたのだ。
まるで布教活動のように。
自分たちを守り、救ってくれたルーナとエルトがそう言うのなら、と。
かなり効果が出ていた。その結果は皮肉にも王家に飛び火することになる。
「自業自得だな」
「エルトぉ……」
「レヴァン、お前も止めなかっただろう。王家の評判だけを気にするなら、俺たちの言葉を否定していたはずだ。クリスティナを陥れた方がいいと判断したはず。だが、お前はそれをしなかったのだから、この件は承知の上だろう」
「それは……ね」
レヴァンも消極的にだが、クリスティナの評判に関しては協力している。
ただし、元凶といっていい立場であるため、大きく動けなかった。
だから、せめてルーナとエルトの活動を黙認するという態度を取り続けたのだ。
「王家にとって救いなのは、陛下がアルフィナ領へ向かえと王命を出していることだろうな」
「救い、なのですか? クリスティナ様にはご負担なのでは」
「無論、本来ならば許し難いことだろう。耐えられる貴族令嬢もそうはいない。だが」
だが。
「クリスティナなら、別だ。あいつはきっとアルフィナ領で楽しくすごしているさ」
「……ああ」
ルーナもあまり知らないままの人物。
けれど、その想像はあまりにも容易にできてしまった。
「それにそこらの魔獣にやられることもない。なにせ、この俺に勝った女だからな」
「そう、ですね。ベルグシュタット卿に勝利されるほどなら」
ルーナは旅を続けながら、エルトの実力を目の当たりにしている。
少なくとも、第三騎士団の中では抜きんでた実力だ。
彼以上の騎士をルーナは見たことがない。
クリスティナは、そんな彼に決闘で勝利した。
その点で……この浄化の旅に彼女が同行してくれていれば、もっと。
そんな声も上がっている。
「……私も、がんばります」
「ああ、君はよくやっている、ラトビア嬢」
「……はい!」
ルーナはその言葉を嬉しいと思いながら、少しだけ傷つきもしていた。
エルトはクリスティナへの好意を隠していない。
それはルーナにもわかっている。
……だから。
ルーナの仄かな恋心は、すでに失恋の痛みも抱えていた。
各地を巡る旅だが、聖女の示す先へと向かうため、定期的に王都に帰るルートとなる。
一見、非効率的な旅程に見えるが、予言の聖女が言うのだからと不満を抱く者はいない。
王都に帰ってくる度に、民に感謝される声が大きくなる。
「ありがとう! ありがとう、ルーナ様!」
「救国の乙女、ルーナ様に感謝を!」
「レヴァン殿下、ありがとうございます!」
「金の獅子、ベルグシュタット卿に栄光あれ!」
「姫騎士様―!」
まだ旅は終わっていないながらも、人々はルーナたちの凱旋を歓迎してくれた。
「未だに慣れません……」
「はは、ルーナは謙虚だからね」
人々に顔を見せるため、ルーナはレヴァンと並んで移動している。
四頭立ての馬が並んで引く、凱旋用の屋根がない馬車だ。
豪華な装飾も施されていて、これもまたルーナを申し訳ない気持ちにさせる。
普段からこの馬車で移動しているわけではなく、あらかじめ王都付近で用意したものに乗り換えての移動だ。
ルーナとレヴァンが並び立つ姿に、人々は次代の王と王妃の姿を見る。
エルトとラーライラは彼らの一つ後ろ、左右に位置取り、馬に乗って移動している。
「ん?」
彼らの行く先、王都の中央広場。
王都で最も人が多く集まれる、王宮前の広大な空間に、いつもは見ない一団の姿を見つけた。
「あれは?」
「あれは……ルフィス公爵家だ」
「公爵家! それに、それって【天与】の?」
「そうだね。三人目の天子がいる……。あの先頭にいる彼女だ」
レヴァンが示した先には公爵家の騎士を背後に控えさせた一人の淑女。
銀色の長い髪と青い瞳をした美しい女性。
「……クリスティナ様に、似ている?」
「え?」
ルーナは、かつて会ったクリスティナと公爵令嬢に似た雰囲気を感じた。
「お待ちしておりました、レヴァン殿下、第三騎士団の皆様、そして救国の乙女、ルーナ・ラトビア・リュミエット嬢。私、フェリシア・ルフィス・リュミエット、およびルフィス家は皆様のあげられた功績とご帰還を心より感謝し、祝福させていただきます」
ルフィス公爵令嬢、フェリシアの言葉とともに公爵家の騎士たちが片膝を突き、頭を下げる。
「歓迎、感謝する。ルフィス公爵令嬢、しかし、どうした? 君の姿を王都で見ることそのものが珍しいと思うが……」
ルフィス公爵家は社交界に姿を見せない。沈黙の家だ。
今は亡くなられた王妹殿下を母に持つフェリシアも、社交界で姿を見ることがない。
「呼ばれたのでございます、殿下」
「呼ばれた? 誰に。陛下にか?」
「いいえ、陛下にではございません。私を呼ばれたのは……ルーナ様です」
「えっ!?」
その言葉に驚愕するルーナ。しかし、彼女には身に覚えなどない。
「こ、公爵令嬢を呼びつけてなどいませんが……」
「ふふ、そうじゃありませんよ。呼ばれたというのは、もっと私たちの流儀でのこと」
「私たちの流儀?」
「そう、たとえば──」
フェリシアの言葉とともに、ふわりと。彼女の周りが光を持っていく。
激しい光ではなく、いくつもの光がふわふわと舞っているのだ。
「──『光翼蝶』の【天与】」
それは淡い光でできた蝶々だった。
フェリシアの【天与】を目の当たりにした人々は驚きと感動を覚える。
「【天与】とは女神の授かり物と呼ばれています。ですが、この【天与】は、それに留まりません。私たちの授かった力は、女神の代行たる役目を負い、そのための権能──」
「え……」
「私たち三人は、三女神の思し召しによってリュミエール王国の国難に立ち向かわなければならないのです」
「────」
フェリシアの言葉は、なぜか遠くにいる人々にまで届いた。
まるで、すぐそばで話しているかのように。
フェリシアは声を張り上げてなどいない。
ただ、その声は……光る蝶たちから聞こえた。
「ルーナ様」
「は、はい」
「私のことはフェリシアと」
「え……」
「私たちの関係は、爵位で測れるものではありません。これからともに協力する必要があります。差し当たっては……」
「は、はい」
「──クリスティナ様を、お助けしなければ」
発されたその名に、ルーナだけでなく、多くに人々が驚く。
「どういうことですか」
ルーナは公爵令嬢を前にしての引け目など、なかったかのように表情を引き締める。
「視た方が早いでしょう。──蝶たちよ」
フェリシアが手を天にかざすと光翼蝶たちが溢れ出し、一つに集まっていく。
それは光の繭のような塊になり、王都上空に浮かんだ。
その光景を、多くの民が目撃する。
「つながって」
フェリシアの言葉とともに、光の塊が別の光景を映し出す。
「あれは……!?」
その光景は、今まさに邪神と相対し、ドラゴンの背に乗って戦うクリスティナの姿だった。




