54 拠点作り③
「ベッドのシーツが残っていませんね。持ち去ったとして売れるのでしょうか?」
「布としては貴重品かもしれないね」
屋敷の中は荒れ放題だったわ。荒らされ放題と言うべきかしら?
「本なども残っているのですが、あまり価値を見出せなかったのでしょうか?」
「ここまでするほど荒れた人心だ。本など焚き火に焚べられそうだが、それはそれで手間だろう」
私だったら屋敷ごと燃やすかもしれないわね!
本を一冊ずつ処分するよりは手早く済むわ!
ちょっとマリウス家でそうしたい気持ちになったことがあるのは内緒よ!
流石の私も家族を根絶やしになんかしないはずなんだからね!
『予言』の【天与】で視た、別の『私』ならさておき。
「お嬢様、こちらをご覧ください」
「なぁに、セシリア」
片づけと掃除をしながら各部屋を確認して行く途中、セシリアが気になるものを見つけたみたい。
「こちら、このアルフィナ領の地図と思われます」
「あら! それは助かるわね!」
地図なんて売れそうに思えるのだけど難を免れたのね!
さっそく地図を広げてカイルとセシリアと一緒に見るわ。
「一方を山に囲まれ、他を森に囲まれた内地。川は領地の中央を流れているから農地の水場はなんとかなっていたらしいね」
「今は使われていませんが、隣領へと続く街道は大きく二つが森を突き抜けてありますね。私たちが通ってきた道は北東側の道のようです」
うんうん。
「道中には集落がいくつかあったが人はおらず、畑は打ち捨てられていた」
「一応、領地全体を見て回った方がいいわね? もしかしたら残った人がいるかもしれないもの」
「そうだね、クリスティナ」
「この領主屋敷は地図で見ると中央より山側に近いようですね」
「魔獣が大量にこの地に湧き出すとして、どこから来るのかしら?」
防衛をかんがえると、ここは良い場所? 悪い場所?
外壁もあるから拠点とするには最適だと思うんだけどね。
「山間にある森林、この辺りがあやしい気はするな」
「そうなの? カイル」
「瘴気を取り込んでしまって野性の獣が魔獣になる。自然発生するタイプの魔獣もいる。そのどちらも多くは人里から離れた場所に発生するのが常だよ」
「ああ、魔獣って『大地の傷』から湧くだけじゃないのよね」
冒険者ギルドが発展したのは元々この国で発生していた魔獣の対処のためなの。
嵐から続く『大地の傷』による魔獣災害とはまた別口なのよ。
「元々の魔獣は野生動物のパターンがほとんどだからね。それらの脅威が生まれ、さらに人々を襲う想定で、わざわざアルフィナ領へクリスティナの派遣を必要としたなら」
「うんうん」
「山側からの魔獣の発生だと思うんだ」
「そうなるのかしら?」
私はセシリアに目を向けるけど、首を横に振られる。
あくまでカイルの見解ってことね。
「だって、そうだろう? 他領との境の森に魔獣が大量発生するのなら、予言の聖女はそこを予言しなくては被害を抑えられない。領境の森に魔獣が出ては、明らかに問題はアルフィナ領だけでは済まないからだ」
「ん!」
確かにあっちの森でそんなことが起きるなら、ちゃんと言いなさいよね! って思うわ。
「その点、こちらの山側で魔獣が発生した場合、わざわざ山を越えて他領を目指さないと思う。平地に降りてきて、ひとまずアルフィナ領を荒らすんじゃないだろうか。それなら予言との辻褄も合う」
魔獣たちがそこまで考えるかは微妙だけど。
「そっちの方が魔獣たちも楽ってことよね!」
「ああ」
じゃあ、そういう方向で警戒しようかしら?
アマネの予言頼りっていうのが癪だけどね!
それから領主屋敷のお掃除作戦は続いたわ。
といっても、片付けるほどの物がない。目ぼしい物は略奪済みみたいなの。
「壁に絵とかかけてあったのかしらねー」
「その跡がありますね」
屋敷の廊下にある壁の焼け方を見るに、どうやら絵画の類も持ち去られたらしい。
「逃げた領主って山の方に逃げたんだっけ?
「あくまでそういう噂があるという話です。内地側、他領に逃げ込んでも目撃証言があり、すぐにバレて捕まってしまうでしょう。周辺の領主は子爵や伯爵、辺境伯、いずれもアルフィナ男爵より身分は上ですから」
「フィオナの領地はお隣なのよねー。いつか挨拶に行けるかしら?」
「フィオナというとエーヴェル辺境伯令嬢ですね。お嬢様のご学友でしたか」
「そうなの! 唯一の友達よ!」
「……お嬢様、ご友人が少ないのですね」
「フフン!」
「お労しや……」
なんかセシリアに哀れまれたわ! リンディスなら『褒めてません』って言うところね!
「嵐の中、魔獣もいずれ溢れるなんて環境。山に逃げたら一溜りもないんじゃない?」
「アルフィナ男爵のことは周辺領主たちも諦めているようです」
「なにか逃げ切れる算段があったのかしら。それとも自暴自棄?」
「さぁ……」
そういうヒントはとくに屋敷の中には転がっていないのよね。
とりあえず領主が逃げたアルフィナ領は今、領主不在の状態。
それ以前に領民ゼロだから、もはやそこらの森と同レベルの廃墟ね。
「好き勝手にできる分にはいいのかもしれないわねぇ」
「はい、その通りです」
領民のことはひとまず考えず、私の仲間たちさえ守れればいいからね。
なにせいないんだもの!
一通り、屋敷の中を見て回ってみて、どうにか使えそうな物資を搔き集める。
残念ながら食料の蓄えはなかったわ。
使えそうだったのは使用人用っぽい食器類に汚れたシーツ類。
「クリスティナ、この領地について他の資料が残っていたよ」
カイルは領主の部屋から残された資料を見つけてきた。
残っていたのが幸いね。冬が訪れた時の領地の様子も知っておきたいし。
アルフィナ領に雪は降るのかしら? 魔獣がいなくても問題は沢山あるものよ。
「ここで暮らしていくためにも、やらなくちゃいけないことがいっぱいありそうね!」
まぁ、いつまでここにいるのかわからないけど!
「お嬢様、私はお洗濯をしてまいります」
「わかったわ、セシリア」
セシリアは汚れたシーツを洗濯して再利用するつもりみたいね。
ベッドの枠自体は重くて盗まれていないので修理すればどうにかなるかしら。
セシリアが離れたあともカイルと残置物の片付けをしていく。
リンディスも途中から合流して、買い出しが必要な物資をリストにしてくれているわ。
そういう仕事もできるのねぇ、リンディスって。
「お嬢様、布を消費してもよろしいですか?」
「布?」
「はい、雑巾が足りませんので」
「良いわ! セシリアに任せるわよ!」
「ありがとうございます。もう少し時間を頂ければ、浴場を整えることができます」
「浴場? お風呂?」
セシリアったら、まずお風呂の掃除をしていたの?
「まず、お嬢様の健康と美容を第一に考えさせていただきます」
「ええ? この状況よ? 優先順位を間違えてはいけないわ、セシリア」
「間違えてはおりません」
きっぱりと言い切るセシリア! 譲る気がなさそう! セシリアは意思の強い子ね!
「というより、この状況だからこそ、真っ先に入浴環境を整えるべきです。食事に関しては、すでに着手されていますから」
「そうなの?」
「清潔さを保つことは活力につながります。健康面においても効果は高いですし。とくに現状ですとお嬢様が倒れることは私たちの全滅を意味します。ゆえに最優先事項かと」
セシリアが言うことには、リンディスもカイルも同じ意見みたいね。
でも私たち、五人しかいないのだから誰が倒れても状況は苦しいわよ。
それでも【天与】を使える私が優先ってことね。
仕方ないわね! 食用薔薇が実用化できれば戦力も食料も私が担うんだものね!
「また、お嬢様が綺麗でいてくださると男性陣のやる気が増します」
「そうなの?」
私は、くるっと振り向いてカイルやリンディスを見たわ。
「そうだね。クリスティナに元気が無いと僕は、つらい気持ちになるかもしれない」
「……まぁ、そうですね。若干、セシリアさんの言葉の含みとはズレている気がしますが。まずお嬢に充足していただくことは私の望みでもあります」
リンディスったら私より私の身の回りを気にしているものね!
「お嬢の健康が守られ続けることは……そうですね。聖女への当てつけ? 見返しになりますから。お風呂にもしっかり入っていただきます。人前に出る時に備えてドレスも用意させますからね」
ええ?
「流石に今、ドレスは要らないわ!」
「……それは弁えていますが」
「うん。リンディス殿の意見はわかるな。何も煌びやかなドレスじゃなくていいんだ。むしろ質素な素材を用いたドレスがいいかもしれない。『贅沢をしていないながらも気品が溢れている』と、人に思わせるべきと思わないか?」
「バートン卿は話がわかりますね」
「僕も貴族ではないとはいえ、多少は心得があるからね」
何かカイルとリンディスが仲良しになり始めたわ?
どういう意気投合なのかしら!
「質素な生地ながら薔薇をあしらうことで見目を整えつつ、清貧を印象づける狙いですね?」
「そうだ。どう足掻いてもこの現状なのは変わりないのだから、下手に華美な宝石ばかり身につけると逆効果だからね。それは最終段階だろう?」
「なるほど。徐々に裕福になっていき、最終的には宝石を纏って完成させて人々を圧倒する……良いプランです、バートン卿」
カイルとリンディスが何やらヒートアップしているわ??
「そういうことですので、お嬢様には入浴される義務があります」
「義務になった!」
それはおかしくないかしら? 権利ではないの?
セシリアたちとの現状認識が、いまいち合わないわね!
それからセシリアのお風呂掃除にやたらと協力的になったカイルとリンディスが、せっせと準備を整えていったわ。
幸いにして浴槽がひび割れているとか壊されていることもなくて、掃除してしまえば使えるお風呂が完成したわね。
そうしてセシリアが甲斐甲斐しく、私の入浴準備を整えてくれる。
覗き対策に部屋の外で番もしてくれるらしい。
でも、ここにいるのって、リンディスとカイル、ヨナだけだから番の必要はないと思うわ。
まぁ、セシリアが表情が固いながらもどこか満足そうだからいいけどね!
「ふふ、セシリアを雇えたのは幸運だったわ!」
「もったいないお言葉です」
「私、セシリアには感謝しているのよ。きっと貴方がいるのといないのでは大きく違っていたもの」
同じ女の子がそばにいるのは大きいわよね! フィオナでもきっとそう言うわ!
私は綺麗に整えられた湯船に浸かりながら扉の向こうのセシリアに話しかける。
「セシリアが道中で石鹸を買っていたのは、このためだったのね!」
「……ここまで領地が荒れているのは想定外でしたが、必要なものと判断しました」
「ふふ、ありがとう、セシリア!」
私は上機嫌で泡まみれになる。
リンディスが見たら『はしたない』と言うかしらね。
「……感謝しているのは私の方ですから。今の兄さんは家にいた頃より、ずっと楽しそうです」
「それだってセシリアががんばったからなんだから!」
カイルを思い止まらせるよう隠れて私を守ってくれていたのよね。
「……このまま平和に暮らしていけるといいですね」
「そうね!」
魔獣が出たらぶっ飛ばしてあげるけどね!
それから、ゆっくりとお風呂に入ってから出て、身を整えた私を見て、なぜかリンディスとカイルが頷き合っていたわ??
よくわからないけど、二人の仲が良くなって私も嬉しいわね!
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