55 『開幕』
みんなが寝静まった夜。
まだ部屋で寝泊まりできるほど片づけられていないので、野営の準備をして中庭で休む。
わざわざ外壁のある中庭で野営することが、なんだか楽しい。
隣にはセシリアが寝ているわ。夜の番はカイルとリンディスが交代でしてくれている。
私やセシリアも、その交代順に加わろうとしたのだけれど止められたの。
今、私は【天与】という仲間たちの生命線を担っている。
私が倒れることの方が問題だからってね。わかるけれど、ちょっと心苦しくもあるわ。
私はエメラルドのついた首飾りを取り出して眺める。
これは私が人生で初めて贈られた宝石よ。
私の家、マリウス侯爵家では私は浮いた存在だった。
『宝石の一族』なんて言われているくらい採掘量が豊富な家門。
家族の証として毎年、誕生日には宝石を贈られる家。
だというのに、家族から私には一度も宝石を贈られたことはなかった。
「本当の家族じゃない、か」
私には女神から授けられた三つの力がある。
『怪力』の【天与】。身体能力を強化し、魔獣によく効く光を纏う。
『毒薔薇』の【天与】。思うままの薔薇を咲かせ、さらに操ることができる。
『予言』の【天与】。寝ている時や、ときどき白昼夢で未来の可能性を視る。
三つのうちの『予言』の力で私は知った。
マリウス家の人々が、私の本当の家族ではないことを。
同時に私の本当の両親とやらは、すでに死んでいるらしいことを。
「家族……」
私の家族といえるのはリンディスだけだった。
今は、ヨナと、セシリアと、カイルもだけどね!
私はもう一度、エメラルドのついた首飾りを見る。
「エルト」
エルトが私にこれを贈った理由は、好意からでいいのかしら。
私にとっては家族の証だけれど、だからといって〝そういう意味〟で贈られたとは限らない。
私の事情なんてエルトはそこまで知らないだろうし。
『予言』の【天与】に邪神が干渉して私に視せた、無限に続く『悪役令嬢』の処刑。
あの悪夢の中でエルトとの一時だけが私の安らぎだった。
でも、そんなことも現実の彼は知らないわ。
ただ、私が危ない時に助けには来てくれた。
エルトの翡翠の瞳に似たエメラルド。
彼は、これを贈る時、彼の気持ちを優先させたと言った。
私の旅の無事と、また会えることを願っていると。
「ふふ」
そんなことを思い出すと、なんだか胸が温かくなる。
このエメラルドを見るだけで彼を思い出すの。
まだ二回、会っただけだというのにね。
「…………」
「セシリア、起こしちゃった?」
「……気づかれましたか、お嬢様」
「なんだか、そんな気がしたから」
「……お嬢様は」
「ええ」
「ベルグシュタット卿からの贈り物が嬉しいのですね」
「ええ、嬉しいわ」
私が笑うと、セシリアが微妙な表情を浮かべる。
ちなみに私たち二人とも横になったままよ。
「……お嬢様の幸福が一番です」
「ありがとう、セシリア」
「でも、まだチャンスはあると思っていますから」
「うん?」
なんのチャンス?
「……なんでもございません。ただ、私は兄さんの妹ということです」
「それはそうでしょうね?」
兄の妹。セシリアはカイルの妹だもの。
「あ、でも家族が本物じゃない場合もあるのよね!」
「また、さらっとブラックなことを……」
「ブラック?」
変なセシリアと他愛もない会話をしながら寝る。
この夜はとくに騒がしい『予言』の夢は視なかったわ。
「見て、リンー! たっぷりと実の詰まった薔薇よ!」
私は食用薔薇の試作品を持ち上げたわ!
領主屋敷の中庭にある菜園に、食用薔薇を咲かせてみたの。
カイルの指示に従ってね!
「実の詰まった薔薇ってなんですかね……」
「フフン!」
正確には『蔓』の部分が丸く太った薔薇ね! ここが可食部位なの!
木に寄せると固くなるから、柔らかい蔓を食べやすくしてみたのよ。
「サボテンをイメージして試作してもらったんだ」
「はぁ、サボテン……棘のある植物でしたか」
「そうだね。砂漠に咲いても生きていける植物だ。まぁ、流石に薔薇とは違うけれど」
花は一輪。その蔓が丸く太って食べられるイメージね!
「ここまで変な形にも改造できるのね!」
「薔薇を操るという言葉の印象からかけ離れた使い方な気がしてなりません……」
「はは、いいじゃないか。棘を生やした薔薇を背景に『悪女』と呼ばれるクリスティナもそれは美しいかもしれないけれど。こうして畑から作物を取り上げて微笑んでいる方が彼女らしい」
あら! カイルの言葉はなんだかムズムズするわね!
「ひとまず、サボテン薔薇に毒がないかの検査だね。本当は長期的に見る必要があるんだけど」
「お腹を壊したりしないかが心配ね!」
まぁ、これは私が咲かせたんだけどね!
「当面は持参した食料がありますから、バートン卿が納得されるまで検査していただきたい」
「心得た。クリスティナの口に合うものを作り上げたいね」
ふふ、私たちが食べられる食用薔薇を咲かせられるようになったら、ひとまず日々の生活は問題なく送れるようになるわ。
食用薔薇の他に、薬草薔薇を研究して開発したあとは他領に行商に出かける予定よ。
そのためには、まずは農具かしら? いつかは農地に人を招かないといけないし。
人だけ呼んで『さぁ働け!』とは言えないものね。ある程度の準備が必要だわ!
「楽しいわね! 陛下と話した時、正式にこの領地を寄越せと言っておけば良かったわ!」
「……まぁ、それは難しかったと思いますけど、この有様を見るとそうですね」
こうして好き勝手に出来ているのはアルフィナ領民がまったくいないからだものね。
さぁ、とりあえず食用薔薇の開発も進めて、屋敷の掃除もしていくとして。
「今日は領地全体の見回りをしましょう!」
いつまでも拠点作りにだけ集中しているわけにはいかないのよね!
私は、このアルフィナに起きるという大量の魔獣発生に対処するために来たんだもの。
「わかりました」
「念のため、全員で行動するべきだと思ったんだけど。小回りが利かないかしら」
「……セシリア嬢とヨナには屋敷に残っていてもらってもいいかと。街に出かける際は全員で動くべきかと思いますが」
「じゃあ、そうしましょうか!」
セシリアとヨナにはお留守番をお願いする。
私とリンディス、カイルはそれぞれ馬に乗って領地の見回りをしに出かけるわ!
「いってらっしゃいませ、お嬢様」
「いってらっしゃい!」
「ええ、セシリア、ヨナ、いい子にして待っていなさい!」
三人と三頭の馬で領地を見回る。
といっても、そこまで広くない領地だもの。そんなに時間はかからないと思うわ。
「流石に領民が隠れて暮らしている気配はありませんね」
「故郷でしょうに、そんなに綺麗にいなくなるものかしら」
「近隣領主に、以前の領民がどうなったのかを改めて聞きたいですね」
それは必要ね! 『貴族の証明』だけで会ってもらえるかしら?
フィオナのお父さん、エーヴェル辺境伯なら会ってくれそうだけど。
「魔獣が家屋を破壊したり、巣にしたりしている様子はなさそうだね」
「僥倖ね!」
「ひとまず山側の領地の端を目指してみよう」
カイルの提案に頷いて私たちは領地の端へ向かったわ。
領地の端、家屋が途切れた辺りで、私はまたビジョンを視る。
『予言』の【天与】だわ!
──レベル9 STAGE START!
……は?
何かしら、今の! ザザザッ! っと一瞬で違う光景が私の視界を塞いで流れていった。
それは私のこれまでの道中と似たような光景。
落雷で倒れた巨木をぶっ壊したり、岩の魔獣をぶっ飛ばしたり。
エルトと戦って勝つ光景も? それには例の如くアマネと黒い板も映っていて。
「リン! カイル! 何か来るかも!」
私は二人に呼びかけ、警戒を促がす。
嫌な予感がする。これは、私がこの地に来たから発生すること?
「……アマネめぇ」
「お嬢?」
私は、予言の聖女と呼ばれているアマネは、実は予言じゃないと思っている。
異界とつながる邪神の影響を受けて、アマネの世界にある予言書と結びつき、その事象を逆に引き起こしているのだと。
つまり、起きる災害をアマネが予言しているんじゃなくて、アマネが予言したせいで災害が引き起こされてしまっている、ということ。
といってもアマネ本人にその自覚はなくて、証明もできない。
ただ、今まで対峙してきたあの邪神が関係しているのは確信しているわ。
とはいえ、今はアマネのことはどうでもいいわ。
とにかく、私がこの地に来たことで魔獣災害の発生条件が成立してしまった。
これから起きることは断続的な魔獣の発生!
しかも、だんだんとその数が増え、強くなっていくというもの!
「あっちだ!」
カイルが声を張り上げる。
彼が示した先には、一本角の生えた狼の姿が見えた。
一匹だけじゃなく複数匹の姿が確認できる。群れはもっといるかもしれないわ。
「二人とも怪我のないように! リン、魔術でサポートして! カイルは……」
カイルは持ってきていた長い棒の先端から布を外す。
そこには短剣が縛りつけられていて、簡易的な槍になっていたわ。
そんなの用意していたのね、カイル!
「やるわよ!」
「はい!」
「ああ!」
今にも襲いかかってきそうな角つき狼を相手に私たちは臨戦態勢を取る。
「──『毒薔薇』よ、捕らえなさい!」
とりあえず目に見えている相手だけ、その足元から咲かせた薔薇の蔓で絡めとり、動きを封じる。
『ギィ!?』
「やぁああ!」
エルトから貰った魔法銀の剣を抜き、捕らえた魔獣を切りやすい位置まで薔薇で浮かせてから両断していく。もちろん『怪力』の光を纏ってからの一撃よ!
「バートン卿、幻影で相手からの狙いを逸らします!」
「任せる!」
私が『毒薔薇』と『怪力』の【天与】と魔法銀の剣で自由に暴れる。
リンディスが幻影の魔術で相手の動きを攪乱し、カイルは私が取り逃した狼を確実に槍で葬っていく。
私たち、なかなかいい連携ね!
一通り、角つき狼の群れを蹴散らしたところで、ようやく襲撃の流れが途切れた。
「どうやら魔獣災害、始まっちゃったみたい」
「……こんなにタイミングよく、かい?」
「そうね。そうなのだけれど、そういうものみたいよ」
「そうか……」
でも、なんだろう? まだ気になるわね。ムズムズする感じ。
「二人共、こっちよ!」
「え? お嬢!」
私は馬を駆り、直感に任せて森へ進む。
程なくして見えてきたのは空中にできた、黒いひび割れ。
「大地の傷!」
異界とつながり、魔獣を湧き出させる災害の源!
空中のひび割れなのに、なんで〝大地の〟なんて言われているのかしら!
「あれが……」
「あそこから角つき狼が出てきていたのね!」
「じゃあ、あれを塞げば……?」
「そういうこと!」
そして私は、すでに大地の傷を塞ぐ術を知っている!
「──浄化の黄金薔薇よ! 大地の傷を癒しなさい!」
魔法銀の剣を掲げ、大地の剣に差し向ける。
すると、その場に黄金の薔薇が咲き始め、光を放ち、輝き始めた。
パァアアアアッ!
光の奔流が起こったあと、そこにあった大地の傷は消えていく。
あの空のひび割れ現象、私とルーナ様の【天与】が放つ光で浄化できるのよね!
本当ならルーナ様と一緒になって私も国中を回るべきなんでしょうけど。
今はそのことは言いっこなしよ!
「……うん! これで角つき狼は解決みたい!」
アルフィナの魔獣災害、ひとまず初戦は私たちの勝利よ!
書籍1巻、発売中!




