100 二人のダンス
「エルト様、お願いがありますの。このあとのダンス、私と踊って、」
「紹介する。彼女が俺の婚約者であるクリスティナだ」
エルト、レミーナ王女のお願いを話途中でぶった切ったわ!
「陞爵を受け入れたのもクリスティナを得るためだ」
「…………」
「陛下が直々に、王位継承権をクリスティナが有することを認められ、伯爵位を与えられた。陛下としては王弟の娘である彼女へ王族入りしてほしかったのかもしれないな。何より彼女はイリス神の巫女であり、その隣に立つには侯爵にでもならないと相応しくないだろう。もちろん、彼女のために得た爵位である以上、彼女が望まないのなら妹に譲り渡すこともいとわない」
捲し立てた! けっこうガッツリいったわ!
これ、ここで紹介されたからって名乗り出たら喧嘩売ることにならない?
なるわよね! 私でもそういうこと、わかるわよ!
「……そう」
微笑みを浮かべているけれど、ひやりと空気が冷えるような気配よ!
嫌味を陰で言われることには慣れているけれど、意外とこういう真正面から来る人って少ないのよね!
そもそも、以前までの私の身分は、曲がりなりにも王太子の婚約者で、筆頭侯爵家の長女だった。
ミリシャが動いたことで後者は効力が薄まっていたにせよ、そこまで正面切って来られる人はいなかったのよ。
でも、レミーナ王女は純粋な王族で、私より王位継承順位も上。
私に正面から文句を言える数少ない人ね!
「クリスティナ・アルフィナ・リュミエット伯爵」
レミーナ王女の視線がここで初めて私に向けられる。
「お久しぶりでございます、王女殿下」
そう。実は普通にレミーナ王女とは面識があるのよね!
私が会っていなかったのはエルトだけなのよ。
まぁ、ラーライラとも会ったことなかったけど。
流石に王宮で王妃教育を受けてきた日々で、レミーナ王女とまったく会わないなんてことはない。
「ええ、久しぶりね。ずいぶんとご活躍なさったようで」
微笑まれるので私も微笑み返す。
うふふ、あはは、よ! フィオナ流・微笑み返し!
「どうかしら、クリスティナ様。貴方が王都を追放された件での清算は済んだのでしょう? 今や、名誉も回復しているわ。であれば、貴方が再びレヴァン兄様の隣に立つことこそが皆に求められていることではないの?」
まぁ、そういう話はあるってさんざん言われてきたわね!
「そうすれば、ラトビア嬢も今から学ぶには大変な王妃教育を受けずに済むわ。今まで教育を受けてきた貴方こそ、その立場に立つべきと思うの。ラトビア嬢のためにもね」
「ルーナ様のため?」
「ええ! そうしたらラトビア嬢も本当に好きな方と結ばれることができるわ! 貴方が責任を果たせば、彼女は幸せになれるのよ!」
「ふぅん。でもいいの?」
「……何がかしら」
「だってルーナ様の好きな人ってエルトよね?」
「…………は」
「まぁ、今はどうかわからないけど。私たちが縁を結ぶ前の話なら、ルーナ様はエルトに好意を寄せていたみたいよ。だからレミーナ王女がいうようなことになったら、エルトのお相手はルーナ様になるでしょうね」
あ、固まっているわね!
「まぁ、でも、もうそれはないかしら」
「それはない、ですって?」
「ええ! だってルーナ様、レヴァンと話し合って今の道を選ばれたんですもの! ルーナ様が王妃教育を嫌がっているとか、レヴァン以外と結ばれたいと願っているとか、そういうことは聞かないし、彼女も望まないと思うわ」
「そんなこと、言い出せないだけ……」
「でも彼女は今、一生懸命なの。周りが勝手に彼女の人生を選択するべきではないわ。彼女も、彼女の家族も、レヴァンも、陛下も、その意思で今の道を選んでいる。そのために努力もしている。私、そんなルーナ様を応援するわ。彼女の人生を歪ませるような〝敵〟は私の敵でもある。なら、ルーナ様のために私は戦うわ!」
ちなみに。レミーナ王女のすぐ後ろには数人の貴族令嬢が控えているのよ。
まだ学園に入ったばかりでしょうに、私より友人が多いわね!
「レミーナ王女」
「……なに?」
「私とルーナ様はもう友人よ。それに仲間でもあるわ」
「……だから?」
「私に喧嘩を売りたいのなら、そう言ってくださいな。私なら真っ向から買ってあげるから」
ピリリとした空気に変わる。
「だけど、ルーナ様に矛先を向けるのは違うわ。私ね? きっと、自分のことよりも友人のことを傷つけられる方が怒ると思う。私にとっての家族、仲間もそうね。……私を怒らせないでね? だって私、もう私だけで貴方たち全員をどうにだってできてしまうから」
自分の髪の毛に手を添えてから、棘なし薔薇を咲かせて髪をまとめあげてみせる。
あっという間に薔薇の髪飾りの完成と髪型チェンジよ!
「……!」
私がもう【天与】を使いこなせることを見て、王女の後ろにいる子たちが顔色を悪くする。
かつての私とはもう違うのよね!
示せる力があるし、その力を振るうことにも戸惑いはないもの。
「私は薔薇で、剣だから。ルーナ様やフェリシア様たち、守るべき人たちのためには剣を振り下ろすわよ?」
剣を持つイリス神は、三女神の中での戦神よ。
その巫女たる私が他の巫女を守るために戦うことには意義が生まれる。
三女神を信仰するリュミエール王国において、これほど社会的によくない喧嘩はないでしょうね!
「レ、レミーナ王女……この辺で」
悔しそうに、恨めしそうに私を睨むレミーナ王女。
でも、その視線はすぐに隣に立つエルトへ向けられる。
「エルト様……私、」
「私、エルトのことが好きよ!」
レミーナ王女に向かって私は断言する。
「……な」
「好きだから一緒にいるの。好きだから婚約の話を受け入れたわ! そして好きだから将来、家族になる。エルトもそう言ってくれたわ。だからこの指輪も贈ってくれた」
私はパーティーの前に指に嵌められた指輪をかざす。
「もう、私にとって大切なものだから! 誰にも渡す気はないの。だからレミーナ王女。私、エルトは渡さないわ! そして手放すつもりはないわ!」
はっきりと。誤魔化さずにそう続けた。
「クリスティナ」
そうするとエルトが私の手を取り、愛おしそうに見つめてくる。
「フフン!」
言ってやったわ!
「俺も同じ気持ちだ」
「知っているわ!」
「そうだな」
そうして互いに見つめ合っていると、レミーナ王女たちは走り去っていったの。
見ていなかったから表情はわからないわ!
「上手く撃退できたわね!」
「……そのためだけの言葉だったのか?」
「ん?」
私は首を傾げて、またエルトを見つめ返す。
「本心よ?」
「……だろうな。お前は、ああいう時に嘘を言わない」
エルトが安心したように微笑んで私の手を引く。
するとタイミングよく会場に流れる音楽が変わり、ダンスの時間になったみたい。
「俺と踊ってくれるか、クリスティナ」
「もちろん!」
エルトでも不安に思ったりするのかしら。
ずっと自信があるように見えるけれど、私の気持ちを言わないと不安になるみたいに。
……私も意外とクヨクヨする時があるし。
そういうものなのかもしれないわね!
あと、私の気持ちを確認したそうに求めてくるの、なんだかこう、獅子というより犬っぽくて可愛いと思うわ!
「そういえばダンスの練習はほとんどできなかったな」
「ふふ、そうね! 足を踏まれる心配?」
「フッ……。クリスティナに踏まれたら潰れてしまいそうだ」
別に『怪力』の【天与】は使わないわよ!
【天与】を使わない時の私は、そこそこ運動神経がいいくらいの身体能力のはず! たぶん!
ステップを踏みながらダンスする。
手を取られ、彼と見つめ合いながら。
ダンスなんてしばらくぶりで、エルトとは初めて踊る。
でも息はピッタリだと思うわ!
音楽に身を任せ、踊る私たちは会場のみんなのことなんて気にならない。
まるで二人だけの世界みたいに、ね!




