第9話:大分風エリアと血の池の工場
【ナレーション】
皆様、こんにちは。語り部兼、傍観者の私です。
愛媛での激闘(主にヤクザと温泉)を終えたマオ一行は、船に乗って豊後水道を渡り、ついに『九州エリア』へと上陸いたしました。
ここは九州の玄関口とも言える、大分風エリア。街のあちこちからもうもうと湯けむりが立ち上る、魔族領屈指の温泉天国であります。
***
「いやー、九州上陸や! ここら辺は『地獄めぐり』って言って、色んな珍しい温泉があるらしいで! 昼飯は絶対に、温泉の蒸気で作った地獄蒸しと『とり天』やな!」
湯けむりに包まれた石畳の坂道を、マオが目を輝かせながら歩いている。
「マオ殿。いくら温泉地とはいえ、歩き食いは行儀が悪かごわす。足元が滑りやすいので気をつけるごわすよ」
相変わらずオカン属性を発揮するゴーン(薩摩弁)の横で、シーア(京都弁)は完全に別のものに目を奪われていた。
「おお……あちらに見えるは名物の『泥湯』。泥を顔や体に塗りたくることで、魔族の娘さんたちの肌がさらに白く滑らかに……! あわよくば、私が背中を流すふりをして、泥まみれの太ももを……じゅるり」
シーアが扇子で口元を隠しながら、相変わらずのニチャァ……とした笑みを浮かべている。
「お前、本当に新しい土地に来るたびに発情しとるな」
マオが呆れてツッコミを入れたその時、懐の通信魔導具がけたたましく鳴り響いた。
ビロロロロ! ビロロロロ!
「……げっ。またこのタイミングか。出たくないなぁ」
マオが嫌そうな顔で通信ボタンを押すと。
『ボリッ、ボリッ、ボリボリボリッ……!』
「……え? ベルゼ? お前、何食うとんねん」
魔王軍のNo.2、宰相ベルゼの返事の代わりに、何かを異常な勢いで噛み砕く音が響いてきた。
『……胃薬です。マオ様、愛媛での神の湯の修繕費と、キャンプ地の芝生の張り替え費用、一体いくらかかったと思ってるんですか? ザウード一派の動きも九州で活発化しているというのに、あなたは呑気に……ボリッ、ガリガリッ……あぁ、もうこの胃薬じゃ効かない……誰か、もっと強いやつを……!』
「あ、ごめん! ちょっと温泉の硫黄ガスで電波が……ザザッ」
マオは一切の躊躇なく通話を切り、魔導具を懐にねじ込んだ。
【ナレーション】
はい、安定の強制終了ですね。ベルゼ宰相が胃薬をラムネのように噛み砕く音が、温泉街の空に虚しく響き渡りました。彼の胃壁が限界を迎える前に、マオが城に帰る日は来るのでしょうか。
***
気を取り直して名物の「地獄めぐり」を楽しもうとしたマオたちだったが、温泉街の様子がおかしいことに気がついた。
観光客の姿が少なく、地元民たちが困り果てた顔で井戸や源泉のパイプを覗き込んでいるのだ。
「なんや、活気がないなぁ。どないしたん?」
マオが近くの土産物屋の店主に尋ねると、店主は小声で教えてくれた。
「それが……最近、街の裏山に『過激派』を名乗る怪しい連中が巨大な工場を建てたんよ。そいつらが、温泉の熱エネルギー(地熱)を強引に全部吸い上げとるせいで、街の温泉が枯れかけてしもうてな……」
「なんやて? 温泉の熱を独り占めやと?」
「どうやら、人間領へ攻め込むための『強力な魔法兵器』を大量生産しとるらしいんよ。逆らったら街を焼き払うって脅されて、誰も文句が言えんでな」
その言葉を聞いた瞬間、マオの目の色が変わった。
「……なるほどな。領民の憩いの場である温泉を枯らして、あまつさえ戦争の道具を作っとると。……それは万死に値するやろ!」
マオがブチギレそうになったその時。
懐の通信魔導具が、再びブルブルと震えた。
「おっ、おリンか?」
マオが路地裏に身を隠し、通話ボタンを押すと。
『あ〜……極楽ばい。マオしゃん、聞こえとる?』
『わあぁぁっ!? わ、わだば殺されるだべか!? なして真っ赤な血の池さ沈められてんだべ!? 助けてけろぉ!』
ちゃぷん……という水音と共に、おリンの艶っぽい声と、シノブ(青森・津軽出身)のパニック気味な悲鳴が響いた。
「……お前ら、今度はどこで何しとんねん」
『よかたい。裏山の工場の奥に、真っ赤なお湯が湧き出る『血の池地獄』っていう源泉があったけんね。ちょっとお湯張って入ってみたら、赤い泥の成分でお肌がツルツルばい。野良猫ちゃんは色が怖いって泣いとるけど』
工場長専用の豪華な露天風呂(ただしお湯は真っ赤)で、おリンは豊かなプロポーションを沈めながら、泣き叫ぶシノブの頭に手ぬぐいを乗せてあげていた。
『工場の親玉は、私が色仕掛けでお酒飲ませて、奥の部屋で爆睡しとるよ。裏帳簿によると、やっぱり過激派のザウードに頼まれて、ここで作った兵器を各エリアに密輸しとるみたいやね』
「ザウード……やっぱりあいつの息がかかっとるんか」
マオの目が、スッと細くなる。
その時、通信越しにジョンののんびりした声が割り込んできた。
『マオにぃにぃ。僕も工場の裏口の鍵、バッチリ開けといたさー。いつでも突入できるさー』
「おっしゃ。ほな、ゴーン、シーア。ちょっとあの過激派どもに、本当の『地獄』ってもんを見せたるで!」
***
裏山の巨大工場、その最深部にある工場長室。
目を覚ました工場長(過激派の幹部)が、顔を真っ赤にして怒鳴り散らしていた。
「な、なんじゃお前らは! どこから入り込みやがった!」
広間には、工場長と、完全武装した過激派の構成員たちがずらりと並んでいる。その後ろには、完成したばかりの強力な魔法兵器が山積みになっていた。
その正面には、マオたち三人が悠然と立ち塞がっていた。
「マオ殿。今日のタメも完璧にいくごわす!」
「ええ、私の印籠を出す角度も、ミリ単位で調整済みどすえ」
ゴーンとシーアが目配せをする。
マオが扇子をパチンと鳴らして一歩下がると、ゴーンが前へ出て、工場長をビシッと指差した。
「こ、この御方を……どなたと心得るごわす!!」
『よっしゃ! まだ「ごわす」は付いとるけど、動きは完璧や!』
マオが内心で絶賛するのと同時に、シーアが優雅な手つきで『魔王の印(印籠)』を突き出す。
「この紋所が目に入らぬかどすえ。こちらにおわす御方を……」
圧倒的な魔力の波動が工場長室を包み込む。
マオは頭のゴム角を引き剥がし、威風堂々たる姿勢で、完璧な標準語を放った。
「……余の顔を見忘れたか?」
しんと、静まり返る工場長室。
天井裏に潜んでいたシノブも、『わ、今日もきっちりこの茶番劇が始まっただべ……』と頭を抱えている。
工場長は印籠とマオの顔を見て、ガタガタと震え出した。
「ま、魔王、様……!? ば、馬鹿な、なんでこんな大分の工場に……!」
だが、次の瞬間。
工場長の顔が醜く歪み、開き直りの言葉を叫んだ。
「……待てや! お前ら、ワシを騙そうたってそうはいかんぞ! 魔王様ならコテコテの関西弁じゃろうが! なんでそんな気取った標準語なんじゃ!」
『よっしゃ! 完璧なテンプレ開き直り! これがないとな!』
「それに! 魔王なんぞ、人間と手ぇ組んだ腑抜けじゃ! ワシらは過激派のザウード様と共に、この兵器で人間領を火の海にするんじゃ! 本物だろうが偽物だろうが関係ない! ここで消し去って、血の池地獄の肥やしにしてやるわ! 出会えぇぇええ!!」
工場長の号令で、構成員たちが一斉に襲いかかってくる。
「やれやれ、往生際が悪いお人どすなぁ……お静まりやす」
「チェストォォォ!!」
シーアの重圧魔法が広間を制圧し、ゴーンの豪快な金棒が巻き起こす突風が、構成員たちをまとめて兵器の山ごと吹き飛ばす。
「隙だらけさー」
「お仕置きばい。野良猫ちゃんも、手伝ってんね!」
『わあぁぁっ!? なしてわが戦わなきゃなんねぇんだべ!』
おリンに背中を押される形で天井裏から飛び降りたシノブ。
文句を言いながらも、俊敏な身のこなしと『津軽流・猫だまし』の格闘術で、残りの手下たちを次々と昏倒させていく。
「ひぃぃ……お、お助けをぉ……」
完全に無力化され、震え上がる工場長。
マオは冷酷な目で見下ろし、断罪の言葉を紡ぐ。
「言語道断である。領民の憩いの場である温泉を枯らし、己の野望のために兵器を作るなど……万死に値する!」
***
事件解決後。
工場の操業が止まり、温泉街には再び活気のある湯けむりが戻っていた。
マオたちは地元民たちから感謝され、お礼に振る舞われた名物の『地獄蒸し』と『とり天』を満喫していた。
「いやー、やっぱりサクサクのとり天と温泉の蒸し野菜は最高やな!」
「マオ殿、ご飯お代わりごわす!」
大満足で舌鼓を打つマオとゴーン。
その横で、シーアはまだ泥湯の方から目を離さずにいた。
「ええどすなぁ……あの泥にまみれた白い肌……じゅるり」
そして一行の隅っこでは、すっかりおリンのペースに巻き込まれたシノブが、とり天をモグモグと食べながらため息をついていた。
『わ、血の池さ沈められて、タダ働きさせられて……ほんと、割に合わない任務だべさ……』
【ナレーション】
こうして、大分風エリアの温泉の平和は守られました。
背後で見え隠れし続ける「過激派ザウード」の存在。彼らの兵器密輸ルートを一つ潰したマオたちですが、まだまだ九州エリアでの騒動は続きそうです。
さて、次はどんな悪党(とご当地グルメ)が待ち受けているのやら!




