第7話:愛媛風エリアと湯けむりの攻防(前編)
【ナレーション】
皆様、こんにちは。語り部兼、傍観者の私です。
高知風エリアで偽の海援隊を成敗し、美味いカツオを満喫したマオ一行。彼らは四国エリアをさらに西へと進み、歴史ある名湯が湧き出る『愛媛風エリア』へとやってまいりました。
この街のシンボルである「神の湯」は魔族領でも屈指の温泉地であり、同時に、我が虎チームの「春季キャンプ地」としても有名な場所なのであります。
***
「いやー、温泉街特有の硫黄の匂い! ええなぁ! 温泉入って、みかん食って、明日は虎チームのキャンプ見学や! 完璧なスケジュールやで!」
湯けむりが立ち込める温泉街のメインストリートを、マオが上機嫌で歩いている。
「マオ殿。温泉に入る前には、しっかりと準備運動をしてから掛け湯をしないと、心臓に負担がかかるごわすよ」
「お前はほんまにオカンみたいやな、ゴーン」
真面目すぎるゴーンの横で、シーア(京都弁)は完全に別のものに目を奪われていた。
「ふふ……ええおすなぁ。湯屋で働く湯女さんたちの、あの薄手の湯着姿! 湯気で火照った頬と、濡れそぼったうなじ! あわよくば、背中を流してもらうふりをして……じゅるり」
シーアが扇子で口元を隠しながら、相変わらずのニチャァ……とした笑みを浮かべている。
「お前はほんまに、どこ行ってもブレへんなぁ」
マオが呆れてツッコミを入れたその時、懐の通信魔導具がけたたましく鳴り響いた。
ビロロロロ! ビロロロロ!
「……げっ。またこのタイミングか」
マオが路地裏に身を隠し、嫌そうな顔で通信ボタンを押す。
『マオ様!? 通信切らないでくださいよ!』
魔王軍のNo.2、宰相ベルゼの悲鳴のような声が響く。
「あー、ベルゼか。ごめんごめん、今めっちゃええ温泉街のBGMが……」
『温泉街のBGMはどうでもいいんです! 徳島に続いて、高知の奉行所まで半壊させた修繕費用がこっちに回ってきてるんですよ! それに最近、過激派のザウード一派の動きが活発化しています。いいですか、これ以上絶対に面倒事を起こさな……ああ、また胃がキリキリと……誰か至急、一番強い胃薬を……!』
「あ、ごめん! ちょっと湯気で電波が……ザザッ」
マオは一切の躊躇なく通話を切り、魔導具を懐にねじ込んだ。
【ナレーション】
はい、安定の強制終了ですね。ベルゼ宰相の悲痛な叫びは、道後の湯けむりの中へ消えていきました。ザウード一派の不穏な動き……気になりますが、マオはどこ吹く風です。
***
温泉街の中心へ進むマオたちだったが、そこには活気ある観光地の風景はなく、地元民たちが暗い顔をしてうつむいていた。
特に、街のシンボルである巨大な公衆浴場『神の湯』の入り口には、柄の悪いヤクザの魔族たちが陣取り、一般客を追い返している。
「なんじゃこりゃ。温泉街やのに、ちっとも賑わってへんやんか」
マオが近くの土産物屋の店主に尋ねると、店主は小声で教えてくれた。
「それが……最近この街に居座り始めた『湯煙一家』ってヤクザの連中が、神の湯の源泉の権利を強引に奪っちまったんよ。法外な入浴料を取るもんだから、誰も入れなくなってな」
「なんやて? 温泉を独占やと?」
「それだけじゃないんよ。あいつら、虎チームが使ってるキャンプ地のグラウンドまで占拠して、『場所代を払わんと練習させんぞなもし』って脅しとるんよ……」
その言葉を聞いた瞬間、マオの目の色が変わった。
「……は? 温泉を奪うのも許せんが、神聖な野球のキャンプ地を荒らすやと? それは万死に値するやろ!」
「マオ殿、怒るポイントの比重が少しおかしかごわすよ!」
マオがブチギレそうになったその時。
背後の屋根の上で、小さな悲鳴が上がった。
「にゃあっ!?」
***
(少し時間を遡る)
『……獣王様。対象は今日も、温泉と野球のことしか考えてねえだじゃ。わ、いつまでこんなアホの尾行ば……』
屋根の上からマオたちを監視していたくノ一、シノブ(青森・津軽出身)は、深いため息をついていた。
その時である。
「捕まえたばい」
『――えっ!?』
背後から、ふわりと甘い香りがしたかと思うと、シノブの首筋に冷たい刃が突きつけられた。
振り返ると、そこにはあざとかわいい笑顔を浮かべたおリンが立っていた。
「ずっと後ろから付いてきとった迷い猫ちゃんは、君ね? さぁて、たっぷりお話し聞かせてもらおうかねぇ……」
『ひぃっ!? わ、わだばただの……』
***
(現在)
マオの懐の通信魔導具が、再びブルブルと震えた。
「おっ、おリンか?」
マオが通話ボタンを押すと。
『あ〜……極楽ばい。マオしゃん、聞こえとる?』
『わあぁぁっ!? わ、わだば監視役だべ! なんで敵対勢力と一緒にお風呂さ入って、背中流し合ってんだべか!?』
ちゃぷん……という水音と共に、おリンの艶っぽい声と、見知らぬ少女のパニック気味な声が響いた。
「……お前、誰と風呂入っとんねん」
『よかたい。屋根の上から私たちを覗き見しとった野良猫ちゃんば捕まえたけん、一緒にお風呂で「尋問」しとるとよ。亜人族のくノ一みたいやけど、すっかり懐いたばい』
敵対組織であるヤクザに占拠された『神の湯』。
その一番奥にある豪華なVIP専用貸切風呂で、おリンは豊かなプロポーションを湯に沈めながら、捕まえたシノブの背中をご機嫌で流していた。
『ひゃんっ! ちょ、どこ触ってんだべ! 獣王様、助けてけろぉ……!』
『ふふふ、肌がツルツルで可愛かねぇ。……で、マオしゃん。この神の湯を占拠しとる連中やけど、ただのヤクザやなかよ』
おリンの声が、少しだけ真面目なトーンに変わる。
『連中の親玉は、過激派ザウードの直属の部下たい。源泉の魔力とキャンプ地を売り払って、人間領へ攻め入るための強力な兵器を買う資金にしとるみたいやね』
「ザウードの直属の部下……! ベルゼが言うとった不穏な動きってのは、これのことか」
マオの目が、スッと細くなる。
その時、通信越しにジョンののんびりした声が割り込んできた。
『マオにぃにぃ。僕もキャンプ地の方を見てきたさー。ヤクザの連中、お金を払わないなら虎チームの練習機材を燃やすって言って、火をつけて回る準備をしてるさー』
「……なんやて?」
マオから、ピキィッ……と怒りのオーラが立ち昇る。
これにはゴーンもシーアも、一歩後ずさった。
「……ゴーン、シーア。ちょっとあのヤクザどもに、野球の恐ろしさってやつを叩き込んだるで」
「チ、チェストォォォ! 承知したごわす!」
「や、やれやれ……マオはんを野球で怒らせたら、お終いどすえ……」
「まずはキャンプ地で暴れとるチンピラどもをブッ飛ばして、それから『神の湯』の親玉のところにカチコミや! 行くで!!」
マオの号令と共に、三人は一直線にキャンプ地へと向かって走り出した。
【ナレーション】
はい、というわけで、温泉とキャンプ地を巡る抗争が幕を開けました。
ザウードの強力な部下とは一体何者なのか? そして、完全にペースを崩されておリンの「お風呂仲間」にされてしまったシノブの運命やいかに!
怒涛の解決編となる第8話へ続きます!




