第4話:香川風エリアとうどんマフィア
【ナレーション】
皆様、またお会いしましたね。語り部兼、傍観者の私です。
岡山での熱狂的な野球観戦(と、ちょっとした悪党の成敗)を終えたマオ一行は、船に乗って瀬戸内海を渡り、次なる目的地『四国エリア』へと足を踏み入れておりました。
四方を海に囲まれたこの広大な島も、もちろん魔族の領地。
現在は、香川風エリアののどかな街道を、三人はのんびりと歩いております。
***
「いやー、海風が気持ちええなぁ! 岡山も楽しかったけど、四国も最高や!」
頭に安いゴム製の角をくっつけたマオが、大きく伸びをしながら快晴の空を見上げる。
「マオ殿、あまりはしゃぐと転ぶごわすよ。それにしても、この辺りは小麦のええ香りがするごわすなぁ」
「せやろ? ここは『うどん』の聖地やからな! 昼飯は絶対に、コシの強い讃岐風うどんを腹一杯食うで!」
「ふふ……うどんもええおすが、うどんを打つ娘さんの、汗ばんだ肌もまた……じゅるり」
ゴーン(薩摩弁)が真面目に周囲を警戒し、シーア(京都弁)が扇子越しにニチャァ……と下品な笑みを浮かべる。
すっかり板についたお忍び旅の光景だ。
『はぁ……城の息苦しい生活から抜け出して、ほんま正解やったわ。自由最高!』
マオが内心で呑気なことを考えていると、懐からけたたましい電子音が鳴り響いた。
ビロロロロ! ビロロロロ!
「……げっ」
マオが嫌そうな顔で通信魔導具を取り出し、通話ボタンを押す。
『あ、マオ様!? よ、ようやく繋がりました! あなたという人は、また勝手に通信を切って!』
聞こえてきたのは、切羽詰まったような、ひどく疲労の滲む声だった。
魔王城でお留守番をしている魔王軍のNo.2、宰相ベルゼ(大阪出身)である。
「おー、ベルゼか。どないしたん? 俺、今トンネルの中やから……」
『四国エリアの街道沿いにトンネルなんかありませんよ!? いいですか、あなたが遊び歩いているせいで、事後処理の書類が私のデスクに山積みなんです! 特に前回のスタジアムの暴動鎮圧に関する予算編成が――あぁ、また胃が……誰か、至急胃薬を……』
「あー、ごめんごめん! ちょっと電波が……ブツッ」
マオは一切の躊躇なく通話を切り、魔導具を再び懐にねじ込んだ。
【ナレーション】
はい、安定の職務放棄ですね。優秀すぎる部下を持つと、トップはこうも駄目になるのでしょうか。ベルゼ宰相の胃に穴が空かないことを祈るばかりです。
……さて。そんな呑気なマオたちの様子を、街道沿いの木の上からジッと見つめる一つの影がありました。
『……獣王様。対象は今日も、呑気にうどんの話コしてるだげだじゃ……』
葉っぱの隙間から呆れ顔でマオたちを監視しているのは、猫耳を持つ亜人族のくノ一、シノブ(青森・津軽出身)。
亜人族のトップである獣王ガルムから「魔王と勇者が密会して何か企んでいないか監視しろ」と命じられて派遣された、優秀な密偵である。
『わ、なしてこんたアホみでな連中ば真面目に尾行してんだべか……』
シノブは深いため息をつきながら、再び気配を消して後を追い始めた。
***
「……なんや、活気がない村やなぁ」
うどんを求めて村に到着したマオたちだったが、そこには活気あるうどん屋の姿はなく、村人たちが暗い顔をしてうつむいていた。
ふと、一軒の古びたうどん屋の軒先で、若い村娘がうどんの生地を足で踏んでこねているのが見えた。
「おおっ!」
マオが声を上げるより早く、シーアがシュバッと移動し、娘の足元を食い入るように見つめた。
「こ、これは素晴らしい……! 体重を乗せるたびに沈み込む太もも! そしてうっすらと滲む汗! この躍動感、まさに芸術どすえ……じゅるり」
「お前はほんまに、どこ行ってもそれやな!」
マオがシーアの後頭部を軽く叩く。
村娘は驚いたように顔を上げた。
「あ、お客さんね? いらっしゃい。でも、ごめんねぇ……うどんは、もう少ししか出せんのよ」
香川風の柔らかな方言で、申し訳なさそうに笑う娘。
「なんでや? ここら辺は小麦の名産地やろ?」
マオが尋ねると、娘は周囲を気にしながら小声で教えてくれた。
「それが……最近この村を牛耳り始めた『うどんマフィア』の連中が、小麦粉を全部買い占めてしもうたけん。法外な値段でしか売ってくれんのよ」
「うどんマフィアやと?」
「それに……マフィアの本当の狙いは、村の裏山にある『アオタモの森』なんよ」
娘の話によれば、裏山で採れる特殊な木材は「野球のバット」に最適なのだという。
マフィアは小麦粉を人質にして村人から森の権利を奪い、高値で売り捌いて暴利をむさぼっているらしい。
「なんちゅうエグい商売や。小麦と野球、魔族の楽しみを二つも奪うなんて……!」
マオの目が、スッと細くなる。
その時、マオの懐の通信魔導具がブルブルと震えた。
「おっ、おリンか?」
マオが路地裏に隠れて通話ボタンを押すと。
『あ〜……極楽ばい。マオしゃん、聞こえとる?』
ちゃぷん……という水音と共に、おリンの艶っぽい声が響いた。
「お前、こんな寂れた村に風呂なんかあったか?」
『よかたい。マフィアの親分の屋敷に潜入したら、巨大な「うどん茹で用の大釜」があったけんね。お湯張って入ってみたら、広くて最高ばい。ちょっとお湯が粉っぽいけど』
豊かなプロポーションを大釜のお湯に沈め、手足を伸ばすおリン。
『親分しゃんは、私が色仕掛けでお酒飲ませて、隣の部屋で爆睡しとるよ。裏帳簿によると、バットの木材を過激派に横流しして、軍資金を稼いどるみたいやね』
「なるほどな。ザウードとかいう過激派のリーダーが裏におるんか。……ジョンはどうや?」
『僕もバッチリ、裏の倉庫の鍵を開けといたさー。いつでも突入できるさー』
ジョンののんびりした声が通信越しに聞こえる。
「おっしゃ、でかした。ほな、そろそろ『お仕事』の時間やな。ゴーン、シーア、今日もビシッとキメるで!」
「チェストォォ! 任せるごわす!」
「やれやれ……血生臭いのは好きやないんどすが」
***
村の外れにある、マフィアの巨大な屋敷。
その一番奥の広間で、目を覚ましたマフィアの親分が顔を真っ赤にして怒鳴り散らしていた。
「なんやきさまら! どこから入り込みやがった!」
広間には、マフィアの構成員たちがずらりと並んで武器を構えている。
その正面に、マオたち三人が悠然と立ち塞がった。
「マオ殿。今度こそ、練習の成果を見せるごわすよ!」
「ええ、完璧なタイミングで出しますえ」
ゴーンとシーアが目配せをする。
マオが扇子をパチンと鳴らして一歩下がると、ゴーンが前へ出て、親分をビシッと指差した。
「こ、この御方を……どなたと心得るごわす!!」
『あ、やっぱり最後に「ごわす」付いたわ』
マオが内心でズッコケるのと同時に、シーアが優雅に『魔王の印(印籠)』を突き出す。
「この紋所が目に入らぬかどすえ。こちらにおわす御方を……」
圧倒的な魔力の波動が広間を包み込む。
マオは頭のゴム角を引き剥がし、威風堂々たる姿勢で、完璧な標準語を放った。
「……余の顔を見忘れたか?」
しんと、静まり返る広間。
屋根裏から覗いていた監視役のシノブも、あまりの様式美な展開に『えっ、なだばこの茶番劇……』と目を丸くしている。
親分は印籠とマオの顔を見て、ガタガタと震え出した。
「ま、魔王、様……!? ば、馬鹿な、なんでこんな田舎の村に……!」
だが、次の瞬間。
恐怖は怒りへと変わり、親分の顔が醜く歪んだ。
「……待てや! お前ら、ワシを騙そうたってそうはいかんぞ! 魔王様ならコテコテの関西弁じゃろうが! なんでそんな綺麗な標準語なんじゃ!」
『よっしゃ! 今日もテンプレ通りの開き直りきたで!』
「それに! 魔王なんぞ、人間と手ぇ組んだ腑抜けじゃ! ワシらは過激派のザウード様と共に、バットの木材を売った金で再び戦争を起こすんじゃ! 本物だろうが偽物だろうが関係ない! ここで消し去ってやるわ! やっちまえ!!」
親分の号令で、数十人の構成員が一斉に襲いかかってくる。
「やれやれ、往生際が悪いお人どすなぁ……お静まりやす」
「チェストォォォ!!」
シーアの重圧魔法が構成員たちの動きを止め、ゴーンの金棒が巻き起こす突風が彼らをまとめて壁まで吹き飛ばす。
「隙だらけさー」
「お仕置きばい」
さらに影から飛び出したジョンと、まだ少しだけお湯の匂いがするおリンの連携により、増援の構成員もあっという間に制圧された。
「ヒィィ……お、お助けをぉ……」
完全に無力化され、震え上がる親分。
マオは冷酷な目で見下ろし、断罪の言葉を紡ぐ。
「言語道断である。村人の生活を脅かし、神聖な野球の道具を戦争の道具に変えようとするなど……万死に値する!」
***
「いやー、やっぱり本場のうどんはコシがちゃうなぁ!」
事件解決後。
マオたちは村人たちから感謝され、お礼に振る舞われた大量のうどんをすすっていた。
「マオ殿、お代わりごわす!」
「うどんを踏む娘さんの太ももを思い出しながら食べると、さらに絶品どすなぁ……じゅるり」
平和な村の光景を取り戻し、大満足で村を後にする一行。
【ナレーション】
こうして、香川風エリアのうどんの平和(と野球のバット)は守られました。
一方その頃、屋根裏から事の顛末を見ていたくノ一のシノブは、頭を抱えておりました。
『わ、この先もずっと、このおがすな時代劇ごっこば見せられ続けるんだべか……?』
彼らの気まぐれな世直し道中は、四国エリアをさらに南へと進んでいきます。
さて、次はどんな悪党(とご当地グルメ)が待ち受けているのやら!




