第3話:マス〇ットスタジアムの熱狂
【ナレーション】
皆様、こんにちは。語り部兼、本日のスポーツ実況を担当させていただく私です。あぁ、マイクチェック、ワンツー……よし!
さて、今回は少し趣向を変えまして、マオ一行はスポーツ観戦に向かっております。
現在地は岡山風エリア。巨大な『マス〇ットスタジアム』の周辺は、試合開始前から異様な熱気に包まれていました。
「っしゃあ! 今日は絶対に勝つで! 我が『虎チーム』の恐ろしさを、人間領から来た『ウサギっぽい何かのチーム』に叩き込んだる!」
メガホンを片手に、マオは完全にただの熱狂的な野球ファンと化していた。
「マオ殿。あんまり興奮しすぎては血圧に悪かごわすよ。深呼吸するごわす」
冷静にたしなめるゴーンの横で、シーアは扇子をパタパタと仰ぎながら、ニチャァ……とだらしない笑みを浮かべた。
「ふふ、ええおすやないですか。なんでもこのスタジアムには、肌が白うて、ピチピチのユニフォームを着たビールの売り子の娘がぎょうさんおるそうですわ。あわよくば、ビールを買うふりをして手を……じゅるり」
「お前ら、場所が変わってもほんまブレへんなぁ……」
呆れ顔のマオをよそに、シーアは頭の中でスタジアムの桃色な妄想を膨らませていた。
【ナレーション】
ここで少し補足しておきましょう。現在、人間と魔族は条約により交流を絶っていますが、唯一の例外がこの『野球っぽいスポーツ』。特に魔族領の虎と、人間領のウサギの対決は、もはや単なるスポーツの枠を超えた、種族の威信と長年の遺恨を懸けた「代理戦争」なのです。
ちなみに、このスポーツでは『魔法・身体強化の類は一切禁止』という超厳格なルールが敷かれています。小細工なし、純粋な肉体と肉体のぶつかり合い! だからこそ、両種族の観客は熱狂し、血湧き肉躍るのであります! さあ、今日の先発ピッチャーは誰になるのか……っ!? すみません、つい熱が入ってしまいました。
***
スタジアムの当日券窓口に向かったマオたちだったが、そこには無情にも『完売』の札が掲げられていた。
「あっちゃー、やっぱり人気カードはあかんなぁ……」
肩を落として路地裏を歩いていると、いかにも柄の悪いダフ屋の男と、言い争っている二人組の姿があった。
ゴム製のチープな角を頭につけ、顔を紫色の塗料で雑に塗っただけの、不審な魔族(?)だ。
「てやんでえ! べらぼうめ! なんでぇこの値段は! 桁が二つも違うじゃねえか! 足下見やがって、スッテンテンになっちまうぞ!」
『くそっ! せっかくウサギの応援に来てやったってのによ! 平和すぎて人間の国は退屈だからって、こんな田舎までわざわざ足を伸ばしてやったのによ!』
「アレンザ、でら高いがね! もう帰るよ! あんたが勝手に来るからこんな面倒なことになるんだわ!」
江戸っ子弁でまくし立てる男(勇者アレン)と、呆れ顔で名古屋弁を放つ女(聖騎士セリア)。
その声と顔つきに、マオは思わず吹き出しそうになった。
『いやお前ら、変装雑すぎるやろ! 勇者と聖騎士が何しとんねん!』
だが、マオも現在はお忍びの身。互いに気づかないフリをするのが大人のマナーだ。
マオは人懐っこい笑顔を作って、アレンたちに声をかけた。
「なんや兄ちゃんら、チケット無くて困っとるんか? 俺らもや。奇遇やな!」
「あ? なんでぇあんたは。俺ぁ、東の遠い田舎から来た『アレンザ』ってんだ! こっちはお供の『セリアーナ』! 兄さんたちも野球見に来たのかい?」
「俺はマオや。こっちはゴーンとシーア。よろしくな」
意気投合する魔王と勇者。
しかし、ダフ屋は鼻で笑ってシッシッと手を振った。
「へっ、貧乏人の田舎者どもはすっこんでろ! 金が払えねえなら、家でラジオでも聞いとけや!」
その時、マオの懐の通信魔導具がブルブルと震えた。
「おっ、おリンか?」
『あ〜……極楽ばい。マオしゃん、聞こえとる?』
通信の向こうから聞こえてきたのは、ちゃぷん……と水の滴る色っぽい音だった。
「……お前、スタジアムに風呂なんてあるんか?」
『よかたい。スタジアム最上階の、VIPルーム専用ジャグジーちゃんね。窓からグラウンドが丸見えで、最高ばい!』
豊かなプロポーションをきめ細かな泡で隠しつつ、セレブ感満載のジャグジーでくつろぐおリン。
『警備責任者のオジサン、私のお色気と高いお酒でイチコロやったばい。今頃ソファーで爆睡しとるよ。どうやら、ダフ屋と結託してチケットを買い占めとるっちゃんね。しかも、わざと警備を減らして両軍のファンを衝突させて、暴動鎮圧の特別予算までネコババする気たい』
「なるほどな。スポーツの熱狂を利用した真っ黒な裏金作りか。でかしたでおリン」
『マオにぃにぃ、僕がVIPルームの鍵と裏帳簿、盗んでおいたさー。いつでもいけるさー』
ジョンののんびりした報告を聞き、マオは口角を上げた。
「アレンザの兄ちゃん。面白そうな匂いがするんやけど、一枚噛むか?」
「へっ、面白ぇじゃねえか! ウサギの応援の前の準備運動にゃあ、もってこいだ!」
***
スタジアム最上階。
高級な調度品が並ぶVIPルームの扉が、蹴り破られた。
「なんじゃお前らは! どこから入った!」
目を覚ました警備責任者が、顔を真っ赤にして怒鳴りつける。
部屋の奥には、裏帳簿の束と大量の売上金が積まれていた。
マオは前へ出ると、ゴーンとシーアに目配せをした。
「こ、この御方をどなたと心得るごわす!」
「この紋所が目に入らぬかどすえ」
シーアが『魔王の印』を突き出し、部屋の空気が一気に重くなる。
マオは頭の角を引き剥がし、威風堂々たる態度で、完璧な標準語を放った。
「……余の顔を見忘れたか?」
警備責任者の顔が引き攣り、青ざめる。
「ま、魔王、様……!? ば、馬鹿な! 野球のチケットが買えなかった腹いせに魔王のフリとは笑止千万! しかも魔王様が関西弁じゃないなんて、偽物確定じゃ!」
『よし、素晴らしい開き直りや』
「そもそも俺は、人間と仲良く野球なんかする腑抜けの条約には反対だったんじゃ! 本物であろうと偽物であろうと、ここで消してやる! 出会えぇぇ!」
責任者が叫ぶと、隣の控室から武装した私兵とダフ屋の集団が雪崩れ込んできた。魔法禁止のスタジアムルールなど無視した、完全武装の悪党たちだ。
「てやんでえ! 俺の拳を食らいな!」
アレンが嬉々として先陣を切り、魔法無しの純粋なステゴロで私兵を吹き飛ばす。
ゴーンの金棒、セリアの蹴り、そしてシーアの魔法が炸裂し、部屋はたちまち阿鼻叫喚の嵐となった。
「隙だらけさー」
「お仕置きばい」
さらに影からジョンと、まだ髪が少し濡れているおリンが参戦し、急所を的確に突いていく。
わずか数十秒後。責任者と私兵たちは全員、綺麗に縛り上げられて床に転がっていた。
「ヒィィ……お許しをぉぉ……」
「言語道断である。神聖なスポーツの場を汚し、ファンの熱い思いを食い物にすなど……絶対に許されぬ!」
マオの冷酷な断罪の声に、責任者は白目を剥いて気絶した。
***
「かっとばせー! ウサギー!!」
「アホか! そこで打たれるような虎ちゃうわ! チェンジやチェンジ!」
悪党たちを城の部下に引き渡した後。
VIPルームのふかふかのソファーに並んで座り、マオとアレンは窓越しのグラウンドに向かって、仲良く(?)大声でヤジを飛ばし合っていた。
「でら良い席だわ。アレン、あんたほんとマオさんたちに感謝しやぁよ」
「ふふ、ビールの売り子さんも、ここからなら一望できますわぁ……じゅるり」
セリアがお茶をすすり、シーアは双眼鏡片手に別の球宴を楽しんでいる。
【ナレーション】
種族の壁と長年の遺恨を越え(?)、メガホンを叩き合って盛り上がる魔王と勇者。
スポーツって、本当に素晴らしいものですね。
さて、世直しお忍びパーティーの次なる目的地はどこになるのやら。彼らの気まぐれな旅は、まだまだ続くのでした!




