第2話:ダンジョンで密輸の匂い
【ナレーション】
皆様、またお会いしましたね。語り部兼、傍観者の私です。
無事に関所でのトラブルを解決(物理的に)したマオ一行は、西へ東へ、気ままな道中を続けております。
現在彼らが歩いているのは、中国エリア……広島風の豊かな自然に囲まれた山道です。どうやら魔王様は、この先の温泉地に併設された『資源採掘ダンジョン』の視察に向かっているようですが……。
***
「ちゃうちゃう! ゴーン、そこはもっとタメてから大声でや! シーアも、印籠(魔王の証)を出すタイミングが0.5秒早いねん!」
木漏れ日が差し込む山道で、マオが熱心に身振り手振りで指導を行っていた。
一体何の練習かといえば――『お決まりの口上』の特訓である。
「む、難しかごわす……。マオ殿、もう一度お願いしもす」
巨漢のオーガであるゴーンが、額に汗を浮かべて真剣に頷く。
「ええか? 俺が一歩前に出たら、まずはゴーンがバシッと敵を指差して『この御方をどなたと心得る!』や。ほんで間髪入れずにシーアが『この紋所が目に入らぬか!』って印籠を突き出すんや! わかったか?」
「承知したごわす! 『この御方をどなたと心得る!』……ごわす! あ、しまった、また最後に『ごわす』をつけてしまったごわす……」
頭を抱えるゴーンの横で、はんなりとした吸血魔のシーアは、扇子をパタパタと仰ぎながらため息をついた。
「マオはんも、ほんまに物好きどすなぁ……。そんな小難しいセリフの練習より、私は早く温泉街に行きたいどすえ」
シーアはニチャァ……と、美しい顔を歪めて下品な笑みを浮かべた。
「あの辺りの宿の女将は、肌が白うて、ふくよかで、ええ匂いがするらしいどす。ひっひっひ……夜の世直しもせんとあきまへんなぁ。あわよくば混浴で、若い娘さんのお尻を……じゅるり」
「お前、ほんまにブレへんなぁ……。四天王の智将が聞いて呆れるで」
呆れ顔のマオをよそに、シーアは頭の中で桃色な妄想を膨らませていた。
***
一行が到着したのは、温泉街の裏山にある巨大な『資源採掘ダンジョン』。
ここでは多くの下級魔族が出稼ぎ労働者として、毎日魔法石などの資源を掘り出している。
マオたちは「新人採掘員」としてダンジョン管理局に潜入したが……その下層は、想像以上に劣悪な環境だった。
「おうおう! 休んどる暇があったら、もっとサクサク掘らんかい! ぶち痛い目見とうなかったら、死ぬ気でツルハシ振れや!」
広島弁で怒鳴り散らしているのは、このダンジョンの管理局長だ。
丸々と太った体に、派手な金のネックレスをじゃらじゃらとさせている。
「ひぃぃっ! きょ、局長……もう三日寝てないんじゃけえ、少し休ませてつかあさい……」
「甘えたこと抜かしとるんじゃないわ! 貴様らの給料は、全部『安全管理費』として天引きじゃ! わしに逆らうなら、即刻クビにして借金まみれにしちゃるけえの!」
フラフラと倒れ込む労働者を、局長が容赦なく蹴り飛ばす。
『あちゃー……また絵に描いたようなクズがおるわ。魔族の労働環境、ブラックすぎひん?』
ツルハシを持ちながらその様子を見ていたマオは、内心で深くため息をついた。
その時、マオの懐の通信魔導具が、ブルブルと小さく震えた。
「おっ、おリンか?」
マオが物陰に隠れて魔導具を耳に当てると、通話の向こうから、ちゃぷん……と水の滴る色っぽい音が聞こえてきた。
『あ〜……極楽ばい。マオしゃん、聞こえとる?』
通信の向こう側。
局長が定宿としている高級旅館の、貸切露天風呂。
そこでは、豊かなプロポーションを惜しげもなく晒し、手足を伸ばして温泉を満喫しているおリンの姿があった。
湯気の中で火照った白い肌が、艶めかしく光っている。
「お前、何くつろいどんねん」
『よかたい。局長の部屋から、裏帳簿はバッチリくすねてきたっちゃんね。それにしても、この局長……労働者のピンハネだけやなかとよ』
おリンが湯船の縁に置いた裏帳簿をパラパラとめくる。
『過激派の連中とグルになって、採掘ルートの裏道から「人間の武具」を密輸しとるばい。条約違反の真っ黒案件たいね』
「なるほどな。ご苦労さん、ゆっくり温まってから合流してや」
通話を切ると、今度はマオの頭上の岩壁から、ふわりと影が舞い降りた。
影走のジョンだ。
「マオにぃにぃ。奥の隠し通路に、局長と柄の悪い連中が集まってるさー。どうやら、密輸した武器の受け渡しをしてるみたいさー」
「おっしゃ。ほな、そろそろ出番やな。ゴーン、シーア、さっきの練習の成果を見せたるで!」
「チェストォォォ! 腕が鳴るごわす!」
「やれやれ、私の湯けむり覗き見プランが遠のきましたわ……」
***
ダンジョン下層の奥深く。
隠し通路の先にある広大な空間では、局長が過激派のリーダー格と握手を交わしていた。
「ひひっ、これで人間どもと戦争ができるけえ。魔王なんぞという腑抜けのトップは引きずり下ろして、ワシらが天下を取るんじゃ!」
局長が高笑いした、その瞬間。
「――そこまでやで、悪徳局長はん」
マオたち三人が、堂々と通路の入り口に姿を現した。
「あん? なんじゃおのれらは! 新入りのゴミクズが、なんでこんな所に……ええい、構わん! ぶち殺しちゃれ!」
局長の号令で、過激派の荒くれ者たちが一斉に武器を構えて襲いかかってくる。
だが。
「チェストォォォ!!」
ゴーンが巨大な金棒を横凪ぎに一閃。
凄まじい衝撃波が走り、数十人の過激派がまとめて壁に激突して白目を剥いた。
「ええっ!?」
驚愕して腰を抜かす局長の前に、マオたちが歩み寄る。
そして、ついに特訓の成果を披露する時が来た。
ゴーンが一歩前に出て、ビシッと局長を指差す。
「こ、この御方を……どなたと心得る、ごわす!!」
『あ、最後に「ごわす」付けよった』
マオが内心でズッコケる中、シーアが優雅に扇子を閉じ、懐から『魔王の印』を突き出した。
「この紋所が目に入らぬかどすえ。こちらにおわす御方を……」
圧倒的な魔力の波動が放たれ、局長が息を呑む。
マオはゴム製の角を引き剥がし、威風堂々たる姿勢で冷酷に見下ろした。
もちろん、完璧な標準語で。
「……余の顔を見忘れたか?」
静寂。
局長の顔が青ざめ、ガチガチと歯の根が合わない音だけが響く。
「ま、魔王、様……!? ば、馬鹿な、なぜこんな所に……! いや、こ、これは違……」
局長は土下座しようと膝を折るが、次の瞬間、恐怖が怒りへと反転した。
「……待てや。ワシを騙そうたってそうはいかんぞ! 魔王様ならバリバリの関西弁じゃろうが! なんでそんな気取った標準語なんじゃ!」
『よっしゃ! きたきた! この展開待ってたで!』
「それに! 魔王なんぞ人間と手え組んだ裏切り者じゃけえ! 本物だろうが偽物だろうが関係ない! ここで消し去ってやるわ! 出会えぇええー!!出会えぇえええー!!」
局長の叫びと共に、隠し扉からさらに重武装の過激派が数十人飛び出してきた。
「やれやれ、往生際が悪いお人どすなぁ」
だが、マオたちが動くよりも早く。
「隙だらけさー」
「お仕置きの時間ばい」
影から飛び出したジョンと、湯上がりで肌ツヤの良いおリンが、流れるような連携で増援部隊の死角を突き、次々と気絶させていく。
ゴーンの豪腕とシーアの魔法も加わり、再び数十秒で戦闘は終了。
局長は魔法の縄でぐるぐる巻きにされ、無様に転がった。
「ヒィィィ……お許しをぉぉ……」
「言語道断である。己の欲のために同胞を売り、無謀な戦を企てるとは……。後は城の尋問官にたっぷり絞られるんやな」
マオは関西弁に戻り、冷たく言い放つ。
こうして、ダンジョンの平和は取り戻されたのだった。
***
事後処理を通信魔導具で部下に丸投げし、ダンジョンを後にする一行。
助けられた労働者たちが、涙ながらに手を振って見送っている。
「いやー、今日もええ仕事したわ! 温泉も入ったし、最高やな!」
「マオ殿、次の目的地はどこにするごわすか?」
ゴーンの問いに、マオは目を輝かせて南の空を指差した。
「よし! 広島の次は、岡山風エリアや! マス〇ットスタジアムで、我が『虎チーム』と、人間領から来る『ウサギっぽい何かのチーム』の因縁の対決があるんや! これは絶対見に行かなアカンで!!」
マオは拳を握り締め、世直し以上の情熱を燃やしてズンズンと歩き出した。
【ナレーション】
ここで少し補足しておきましょう。
現在、魔族と人間は条約により一切の交流を絶っています。しかし唯一の例外として、全国の会場で命懸けのペナントレースを行う『野球っぽいスポーツ』だけは交流が認められているのです。
特に魔族領の「虎」と、人族領の「ウサギ」の対決は、もはや単なるスポーツの枠を超えた、種族の威信と長年の遺恨を懸けた「代理戦争」。
そしてマオは、血の気の多い生粋の虎ファン。彼の『絶対見に行かなアカン』は、世界平和よりも優先度が高いことを意味しているのです。
果たしてスタジアムで、どんな騒動が待ち受けているのやら……。




