第1話:魔王様、関所で因縁をつけられる
新作を投稿します。
不定期更新になるかもしれません。
【ナレーション】
皆様、はじめまして。私はこの物語の語り部……まあ、ただの傍観者です。たまに勝手に喋り出しますが、どうぞお気になさらず。
さて、物語を始める前に、少しだけこの世界の説明をさせてください。
この世界は、皆様がよく知る「日本」の地形にそっくりな形をしています。
西日本エリアを治めるのは『魔族』。関東から中部エリアを治めるのは『人族(人間)』。そして東北から北海道エリアに住まうのが『亜人族』です。
かつて、魔族と人間は血で血を洗う凄惨な戦争を繰り広げていました。互いに多くの仲間や家族を奪い合い、憎しみの連鎖は限界に達していました。
そこで、当時の魔王と勇者は、中立を決め込んでいた亜人族を強引に巻き込み『三種族相互不可侵条約』を結んだのです。「誰かが破ったら、残り二種族でフルボッコにするぞ」という脅しつきで。
結果として平和は訪れましたが……長年の恨みがそう簡単に消えるはずもなく、条約を快く思っていない国民が多いのが実情です。
そんな中、平和になりすぎて究極に暇を持て余した最強の魔王が一人。
前世(日本)の記憶を持つ彼は、「世直しお忍び・時代劇プレイ」と称して、身分を隠して諸国漫遊の旅に出たのでした。
***
どこまでも続く青空の下。
山口エリアに位置する、巨大な関所へと続く街道を歩く三つの影があった。
「あー、腹減ったなぁ。この先の関所抜けたら、今日は美味い瓦そばでも食うで! 魔物肉が乗ったアツアツのやつな!」
屈託のない笑顔で振り返ったのは、ゴム製のおもちゃのような小さな角を頭につけた、人の良さそうな青年。
彼こそが、この魔族領を統べる最高権力者――魔王ゼアノス。現在の偽名は「マオ」である。
「マオ殿。あんまり美味いものばかり食べては、体が鈍るでごわすよ。たまには滝行でもせんと」
生真面目な顔でマオをたしなめるのは、いかついオーガの男。
魔王軍四天王の一人、剛腕のゴウドン。現在の偽名は「ゴーン」だ。重厚な薩摩弁を喋る、熱血漢である。
「堅いこと言うなやゴーン。なんのために平和になったんや。美味い飯食うためやろ?」
「ふふ、マオはんはほんまに自由人どすなぁ。私は瓦そば、賛成どすえ。茶そばの香りがたまらへんのどす」
口元を扇子で隠し、はんなりと微笑んだのは優男の吸血魔。
こちらも四天王の一人、智将のシアン。現在の偽名は「シーア」である。
シーアは扇子越しに、ニチャァ……と下品な笑みを浮かべて言葉を続けた。
「……それに、この先には温泉街もおます。肌が白うて、ふくよかな別嬪さんが多おす境に……あわよくば混浴で……じゅるり」
「お前、相変わらずブレへんなぁ……。四天王の智将が聞いて呆れるで」
呆れ顔のマオをよそに、シーアは頭の中で桃色な妄想を膨らませていた。
そんなマオたち三人は現在、下級魔族の偽装を施した「世直しお忍びパーティー」として気ままな旅を続けている。
『はぁ……平和って、ええなぁ。城の書類仕事なんか真っ平御免やで』
マオが内心で呑気なことを考えていると、懐からけたたましい電子音が鳴り響いた。
ビロロロロ! ビロロロロ!
魔王城と直接繋がっている、緊急用の通信魔導具だ。ごく稀に発生する重要案件の決済や、臨時会議の呼び出しにしか使われないはずだが――。
マオは通信魔導具を取り出し、通話ボタンを押した。
『あ、魔王様!? よ、ようやく繋がりました! 至急、来期の魔王軍特別予算の承認を――』
「あー、あー? もしもーし? あかんなぁ、電波めっちゃ悪くて聞こえへんわー。トンネル入るさかい、切るでー」
『えっ、お待ちく――ブツッ』
マオは一切の躊躇なく通話を切り、魔導具を再び懐にねじ込んだ。
【ナレーション】
はい、完全な職務放棄ですね。彼の仕事は今や「たまのハンコ押し」くらいしかないのですが、それすらも逃げ出している有様です。城の宰相が不憫でなりません。
***
マオたちが到着した山口エリアの関所だが、そこには想定外の光景が広がっていた。
巨大な城壁の入り口には、何十人もの魔族が長蛇の列を作っており、一向に前へ進む気配がない。怒号と泣き声が、関所の先頭から響いてくる。
「なんや、めっちゃ混んでるやん。どないしたんやろ?」
マオが列の先頭を覗き込むと、そこにはふんぞり返った丸々と太った警備隊長と、それに平身低頭する若い下級魔族の姿があった。
「だ、じゃけぇ! 通行料なら先月払ったっちゃ! これ以上は、どう逆立ちしても払えんそ!」
ボロボロの服を着た若手魔族が、地面に額を擦りつけるようにして懇願している。
だが、隊長は冷酷な笑みを浮かべて鼻で笑った。
「馬鹿め。これはただの通行料ではない。『人間迎撃のための特別税』じゃ! いつあの忌々しい人間どもが条約を破って攻めてくるか分からんそ? 防衛費を納められん非国民は、この関所を通すわけにはいかんのじゃ!」
「そ、そんな……俺、田舎の病気の妹に薬を買うために、どうしても今日街で稼がんと……!」
「金がないなら体で払え! おい、こいつを第十三鉱山の強制労働施設へ連れて行け! タダ働きさせて特別税分を回収するんじゃ!」
警備隊員たちが乱暴に若手魔族を取り押さえる。
『なるほどな……平和を隠れ蓑にして、人間の脅威を煽り、同胞から巻き上げとるんか』
マオの目が、すっと細くなった。
条約で戦争が終わっても、魔族社会の底辺ではこうして不正が横行している。
マオは人目を避けるように路地裏へ移動すると、懐の通信魔導具を操作し、短く呼びかけた。
「……おリン、ジョン。近くにおるか?」
『――はいな、マオしゃん。お呼びね?』
『マオにぃにぃ、上さー』
音もなく、マオたちの頭上の屋根から二つの影が舞い降りた。
あざとかわいい定食屋の看板娘風の女と、気配の薄い狼の獣人の少年。
魔王直属の暗殺部隊長リリア(偽名:おリン)と、影走のジョージ(偽名:ジョン)。
普段は別行動を取り、周辺の偵察や裏工作を担う、マオの優秀な「忍び」たちだ。
「あの隊長、叩けば埃が出そうや。ちょっくら裏帳簿でも探ってきてくれへんか?」
「任せときんしゃい。あの手の豚しゃんは、私がいっぱいいい気分にさせて、ペラペラ喋らせてやるばい」
「僕も隙を見て、懐から手帳でも貰ってくるさー」
二人はふわりと微笑むと、瞬きする間に再び影の中へと溶けて消えた。
***
十数分後。
マオの懐の通信魔導具が、ブルブルと震えた。
「おっ、連絡きたな」
マオが魔導具を耳に当てると、通話の向こうからは、ちゃぷん……と水の滴る色っぽい音が聞こえてきた。
『あ〜……極楽ばい。マオしゃん、聞こえとる?』
「……お前、また風呂入っとるんか。仕事はどないしたんや」
『よかたい。あの豚隊長しゃん、お酒と私のお色気でイチコロやったばい。今頃、控室の湯船でのぼせて白目剥いとるよ。裏帳簿はジョンの坊やが回収してくれたっちゃんね』
豊かなプロポーションを湯気に晒しながら、関所の専用風呂でくつろぐおリンの声。
『マオにぃにぃ、僕もう手帳持ってるさー。合流するねー』
「おっしゃ、でかした。ほな、そろそろ行くで」
通話を切ったその数分後。
目を覚ましたのか、関所の前には再びふんぞり返る警備隊長の姿があった。
「さっさと歩け! お前みたいな貧乏人は、一生鉱山で石でも掘っちょれ!」
隊長が、鎖で繋がれた若手魔族を蹴り飛ばそうとした、その瞬間だった。
「――そこまでやで、おっさん」
凛とした声が響き、マオたち三人が関所の前に立ち塞がった。
「あん? なんじゃお前ら。また税を払えん貧乏人のゴミクズか?」
隊長が苛立たしげにマオを睨みつける。
マオの横から、シーアが優雅に一冊の手帳――ジョンがくすねて、おリンが証言の裏を取った『裏帳簿』を突きつけた。
「随分と羽振りがよろしいおすなぁ、隊長はん。強制労働施設からのキックバック、それにでっち上げの特別税。集めた金は全部、街の高級キャバクラ代……真っ黒どすえ?」
「なっ!? き、貴様ら、どこでそれを……! ええい、構わん! そいつらを不審者として捕らえろ! 抵抗するなら斬り捨てい!」
隊長の号令とともに、十数人の警備隊員たちが一斉に武器を抜いて襲いかかってきた。
「フン、雑兵どもが。……チェストォォォ!!」
ゴーンが巨大な金棒を軽く一振りした。
巻き起こった突風だけで、前衛の隊員が錐揉み回転しながら吹き飛び、それを見た隊員が恐怖で距離を取る。
「お静まりやす」
シーアが扇子をパチンと閉じると、目に見えない重圧が残りの隊員たちを下がらせた。
「控えろぉおおおお!!」
ゴーンが大音量で叫ぶ。
「控えろぉおおおお!!」
シーアも続いて大声を出して、二人から尋常ではない威圧感が放たれる。
二人の強さと威圧に腰を抜かして震える隊長の前に、マオがゆっくりと歩み寄る。
そして、頭にくっつけていたゴム製のおもちゃの角を引き剥がし、普段の少し猫背な姿勢をスッと正した。
その瞬間、周囲の温度が数度下がったかのような、息苦しいほどの圧倒的な覇気と威厳が放たれる。
マオは口を開いた。
普段のコテコテの関西弁は完全に消え失せ、完璧で、美しく、そして冷酷な――標準語で。
「……余の顔を見忘れたか?」
しんと、静まり返る関所。
【ナレーション】 ……ええと、ツッコミ待ちでしょうか? 印籠的なものを出すのは某・副将軍で、この「余の顔を〜」のセリフは某・八代将軍ですよね。色々混ざっていますが、彼は「異世界だし、俺のやりたいようにやるのが一番楽しい」と割り切っているので、どうか温かい目で見てあげてください
隊長は、その顔と、圧倒的な魔力の波動に見覚えがあった。
「あ、あ、あああぁぁぁ……! ま、魔王、様……!?」
隊長は悲鳴のような声を上げ、地面に額がめり込むほどの勢いで土下座をした。
「ひぃぃっ! も、申し訳ございません! こ、これはその、防衛のために……そうじゃ、人間どもがいつ攻めてくるか分からんから、仕方なく軍資金を集めちょっただけでして……!」
ガタガタと震えながら、見え透いた言い訳を口走る隊長。
マオは氷のように冷たい声で言い放つ。
「黙れ。己の私腹を肥やすために、立場の弱い同胞を苦しめるなど……言語道断である!」
その断罪の言葉を聞いた瞬間、隊長の中で恐怖が限界を超え――そして、プツンと何かが切れた。
彼は顔を上げ、血走った目でマオを睨みつけた。
「……まてよ。お前ら、田舎者は知らんじゃろうがな、我らが魔王様はコテコテの関西弁を喋るんじゃ! なんじゃその取ってつけたような気取った標準語は!」
『あ、やっぱりそうなるよな。知ってたわ』
マオは内心でガッツポーズをした。この「言い訳からの開き直りテンプレ展開」が一番楽しいのだ。
「それに! こんな最前線の関所に、魔王様がお忍びで来るわけないじゃろうが! ええい、仮に本物じゃとしてもだ! 俺たちはな、人間とヘラヘラ仲良く条約なんか結んだ腑抜けの魔王に不満があったんじゃ! 本物じゃろうが偽物じゃろうが関係ねえ、ここで消してやる! 出会ぇえええー!出会ぇえええー!!」
隊長が叫ぶと、関所の奥から重武装した私兵の増援部隊が二十人以上もなだれ込んできた。
先ほどの小手調べとは違う、人間へのテロを想定したような完全武装の殺戮部隊だ。
だが、マオたちは微動だにしない。
「あーあ、往生際が悪かばい」
「増援なんて無駄さー」
増援部隊の背後の影から、甘い声と、のんびりとした声が響いた。
再び姿を現した、おリンとジョンだ。
おリンの髪からは、まだ少しだけお風呂上がりのいい匂いが漂っている。
二人は音もなく私兵たちの死角に入り込むと、流れるような連撃を開始した。
おリンが幻惑の魔法で私兵同士討ちを誘い、ジョンが目にも留まらぬ速さで急所を打ち据えていく。
そこにゴーンの豪腕とシーアの魔法が再び加わり――ものの数十秒で、増援部隊も全員が白目を剥いて地面に転がっていた。
「ひっ……あ、あ、ああ……」
完全に手駒を失い、腰を抜かした隊長の首筋に、ジョンの短剣がスッと当てられる。
「観念するさー。お縄の時間だよー」
「ほんまに、呆れたお人どす。少しは頭冷やしてきなはれ」
シーアが魔法の縄で隊長を縛り上げると、関所にようやく静寂が戻った。
「ははっ、終わった終わった。お疲れさん!」
マオは再びゴムの角を頭にくっつけ、姿勢を崩して関西弁に戻った。
「あ、あんたら、一体……」
助けられた若手魔族が、震える声で尋ねる。
マオはしゃがみ込み、彼の鎖を引きちぎって優しく微笑んだ。
「ただの、通りすがりの世直し旅人や。妹さん、お大事にな」
そう言って、マオは隊長から没収した金袋を、そっと若手魔族の手に握らせた。
「……ありがとうございます! 一生、このご恩は忘れませんっちゃ!」
涙を流して何度も頭を下げる若手魔族に手を振りながら、マオは立ち上がった。
「さーて、瓦そば食うでー! 早く行かんと店が閉まってまうわ!」
悪党を成敗し、事後処理は通信魔導具で城の部下に丸投げして。 世直しお忍びパーティーは、再び気ままな歩みを進めるのだった。




