第29話:京都風エリアと絶対零度の聖女(前編)
【ナレーション】
皆様、こんにちは。語り部兼、傍観者の私です。
滋賀風エリアにて、琵琶湖の湖賊を『暴〇ん坊将軍』ばりの大立ち回りで成敗したマオ一行。
次なる目的地は、千年以上の歴史を持つ魔族領の古都『京都風エリア』であります。ここは美しい寺社仏閣が立ち並び、そして、我が四天王の智将・シーアの故郷でもあります。
***
「いやー、やっぱり古都は風情があるなぁ! 京都言うたら、あっさり出汁の『湯豆腐』と、濃厚な『宇治風抹茶パフェ』や! 昼飯とデザートの無限ループやで!」
着物姿の魔族たちが行き交う石畳の道を、マオが頭のゴム角を揺らしながら上機嫌に歩いている。
「マオ殿。いくらヘルシーな湯豆腐でも、抹茶パフェと交互に食べては血糖値が乱高下するごわす。食後は鴨川風の河川敷をしっかり歩くごわすよ」
相変わらずのオカン属性を発揮するゴーン(薩摩弁)の横で、シーア(京都弁)は懐かしそうに目を細めていた。
「ふふ、やっぱり地元はええおすなぁ。すれ違う舞妓さんたちの白粉の香りと、華やかな着物姿……あわよくば、私がお座敷遊びの罰ゲームとして……じゅるり」
「お前、地元に帰ってきても平常運転やな」
マオが呆れてツッコミを入れたその時、懐の通信魔導具がけたたましく鳴り響いた。
ビロロロロ! ビロロロロ!
「……またか。せっかくの雅な雰囲気が台無しやで」
マオが嫌そうな顔で路地裏に入り、通信ボタンを押すと。
『……チーン。ポク、ポク、ポク……マオ様……』
「ベルゼ!? お前、今度は木魚叩いとるんか!?」
『……はい。滋賀の湖賊船を破壊したことによる琵琶湖の水質汚染調査の書類を処理するため、ついに私は「無の境地」へと至りました。一切の感情を捨て、ただハンコを押すだけの機械となります……ナムアミダブツ……あぁ、でもやっぱり胃が痛い……ゲホッ!』
「あ、ごめん! ちょっと祇園囃子の音がデカくて電波が……ザザッ」
マオは一切の躊躇なく通話を切り、魔導具を懐にねじ込んだ。
【ナレーション】
はい、安定の強制終了ですね。ベルゼ宰相はついに悟りの境地(という名の現実逃避)に足を踏み入れかけたようですが、やはり胃痛からは逃れられないようです。
……さて。そんなマオたちの様子を、五重塔の屋根の上からジッと見つめる二つの影がありました。
『……お姉ちゃん。なぜあの魔王たちは、こんな歴史ある古都に来てまで、パフェと豆腐のことしか考えていないのですか? 呆れて言葉も出ません』
『わ……シズク、あんまり身を乗り出すと落ちるべさ……』
監視役のくノ一、シノブ(青森・津軽出身)と、その実の妹であるエリートくノ一・シズクである。
シノブを連れ戻すために来たはずのシズクだったが、前回の湖賊騒動でペースを崩され、なし崩し的に姉と共に監視任務(という名の尾行)に同行していた。
『いいですかお姉ちゃん。私たちは亜人族の誇り高き密偵。あんなアホみたいな魔族のペースに巻き込まれず、隙を見て必ず……ゴクリ』
『……シズク? なして生唾飲み込んでんだべ?』
『い、いえ! 決して、京都の高級湯豆腐が美味しそうだななんて思っていません!』
***
気を取り直して、湯豆腐を求めて高級お茶屋が並ぶ花街へ入ったマオたちだったが、街の様子が尋常ではない。
芸妓や舞妓たちが暗い顔をしてうつむき、お茶屋の店主たちがため息をついていた。
「なんや、えらい沈んどるな。どどないしたん?」
マオが店主に尋ねると、店主は小声で教えてくれた。
「それが……最近この花街を、過激派のザウード様と結託した『悪徳貴族』の連中が牛耳り始めましてな。法外なみかじめ料を取る上に、嫌がる芸妓たちを無理やり宴会にはべらせておるんどす」
「なんやて? 雅な花街を汚すやと?」
「ええ。逆らう店は取り潰されて……このままじゃ、花街の火が消えてしまいますわ」
その言葉を聞いた瞬間、マオとシーアの目の色が変わった。
「……なるほどな。領民の歴史ある文化を踏みにじり、あまつさえ芸妓さんたちを泣かせると。……それは万死に値するやろ!」
マオがピキィッ……と怒りのオーラを立ち昇らせた、その時。
「てやんでえ! べらぼうめ! 綺麗なねーちゃんたちを泣かせるような野暮天は、俺が許さねえぜ!」
聞き覚えのある声と共に、レンタル着物を雑に着崩した二人組が現れた。
勇者アレン(江戸っ子弁)と、聖騎士セリア(名古屋弁)である。
「アレンザの兄ちゃん! また会うたな!」
「おっ、マオの旦那! 京都観光に来てみりゃ、なんだかキナ臭いじゃねえか!」
「ほんと、でら迷惑な貴族もいたもんだわ」
再会を喜ぶマオたち。
しかし、その後ろから、周囲の空気を凍りつかせるような冷たい声が響いた。
「……アレン様。いくらお忍びとはいえ、このような薄汚いチンピラどもと馴れれ合うなど、勇者の名折れですわよ」
現れたのは、変装する気が感じられない純白の修道服に身を包んだ、透き通るような銀髪の美少女だった。 その瞳は、文字通り『絶対零度』のような冷たい光を放ち、マオたちをゴミでも見るかのように見下している。
「おいおいエルザ、そうツンケンすんなって。マオの旦那たちは話の分かる奴らだぜ」
「私に気安く話しかけないでください。私は人族領の上層部から、あなたが魔族領で変な問題を起こさないよう『監視役』として派遣された身。……そこの下等な魔族ども。私に話しかけたら凍らせますわよ」
絶対零度の聖女・エルザ。
氷魔法の使い手であり、他人に一切の興味を示さない超エリートである。
「なんやコイツ。えらい口の減らん嬢ちゃんやな」
マオが呆れる中、シーアの様子がおかしかった。
「おお……! 氷のように冷たく、一切の容赦がない完璧な蔑みの眼差し……! 私のような者を足蹴にしてくれんばかりの圧倒的な冷徹さ! あわよくば、その白いブーツで私を……じゅるり!」
「お前はドMか!!」
マオがシーアの後頭部をスリッパで叩いたその時、懐の通信魔導具がブルブルと震えた。
「おっ、おリンか?」
マオが路地裏に入り、通話ボタンを押すと。
『あ〜……極楽ばい。マオしゃん、聞こえとる?』
『お、お姉ちゃん……このお豆腐、口の中でとろけます……ふにゃあ……』
『だべ? だからお姉ちゃんが言った通りだべさ』
ちゃぷん……という水音と共に、おリンの艶っぽい声と、すっかり骨抜きにされたシズク(妹)の緩みきった声が響いた。
「……お前ら、シズクまで何やっとんねん」
『よかたい。悪徳貴族が貸し切っとる一番デカいお茶屋の奥に、総檜の高級大浴場があったけんね。お湯張って、お湯の上に桶ば浮かべて『湯豆腐』食べながら入っとるとよ。野良猫ちゃんの妹ちゃんも、すっかり京都の味と温泉の虜ばい』
檜の香りが漂う豪華な風呂で、おリンは豊かなプロポーションを伸ばし、隣ではエリートくノ一だったはずのシズクが、バスタオル姿で幸せそうに湯豆腐を頬張っていた。
『貴族しゃんたちは、私が芸妓のふりしてお酒飲ませて、大広間で宴会の真っ最中たい。裏帳簿によると、花街から巻き上げたお金は、全部ザウードの武器購入資金になっとるみたいやね』
「ザウード……やっぱりあいつか」
『マオにぃにぃ。僕も別行動で、お茶屋の裏口の鍵を開けておいたさー。いつでもいけるさー』
ジョンの頼もしい報告を受け、マオはニヤリと笑った。
「おっしゃ。アレンザの兄ちゃん、ちょっくら『悪役退治』といくか?」
「へっ、面白え! いっちょ暴れてやろうぜ!」
「……野蛮な魔族の真似事など。私はここで見ていますわ。勝手に死なないでくださいね、アレン様」
エルザは冷たく言い放ち、そっぽを向いた。
***
お茶屋の大広間。
悪徳貴族(ザウード派)が、嫌がる芸妓たちを無理やり隣に座らせ、ゲラゲラと下品な笑い声を上げていた。
その時、大広間の襖が勢いよく吹き飛んだ。
「そのふざけた宴会、お開きやで」
マオ、ゴーン、シーア、そしてアレンたちが、静かな怒りを燃やして立ち塞がる。
部屋の隅では、エルザが腕を組み、冷ややかな視線で『魔族の茶番』を見下ろしていた。
「な、なんじゃ貴様ら! どこから入り込みやがった!」
貴族が顔を真っ赤にして立ち上がる。広間には、雇われた完全武装の私兵たちがずらりと並んでいた。
「ええい、邪魔立てする気か! 構わん、こいつらを叩き斬って鴨川に沈めてしまえ!」
「おう!!」
貴族の命令と共に、第一波の私兵たちが一斉に襲いかかってくる。
だが、マオたちは微動だにしない。
「いくでゴーン、シーア、アレンザの兄ちゃん! まずは小手調べや!」
「チェストォォ!」
「てやんでえ!」
時代劇のテンプレである『名乗る前の大立ち回り』が始まった。
ゴーンの金棒が私兵をまとめて吹き飛ばし、アレンの拳が唸る。シーアも重圧魔法で敵を床に這いつくばらせた。マオも扇子を片手に、舞うように敵の攻撃をいなし、峰打ちで次々と沈めていく。
あっという間に第一波の私兵たちが無力化され、それを見た貴族が「ひぃっ!?」と腰を抜かして後ずさる。
「……さて、少しは静かになったな」
マオはニヤリと笑い、一歩前に出た。
ここからが、進化した『時代劇ハイブリッド口上』の始まりである。
マオは着物の肩を片方だけバサリと脱ぎ落とし、何もない背中(※幻術で桜の模様を浮かび上がらせている)をドヤ顔で見せつけた。
「おうおうおう! この背中の『魔桜吹雪』、見忘れたとは言わせへんで!!」
『!? な、なんじゃあれは!?』
突然の某・遠〇の金さんメソッドに、貴族と残った私兵たちが戸惑う。
エルザも「……何をしているの、あの馬鹿は」と眉をひそめた。
だが、マオの悪ノリは止まらない。間髪入れずに、ゴーンとシーアが完璧なタイミングで続く。
「こ、この御方を……どなたと心得るごわす!!」
「ええい、頭が高いどすえ!! この紋所が目に入らぬか!!」
シーアが『魔王の印(印籠)』を天高く突き出す。
圧倒的な魔力の波動が大広間を包み込んだ。
そして、マオは着物をサッと羽織り直し、威風堂々たる姿勢で、完璧な標準語を放った。
「……余の顔を見忘れたか?」
(某・金さん)からの、(某・水〇〇門)、そして(某・暴〇ん坊将軍)への三段ハイブリッド・コンボ。
もはや何が何だか分からないが、その『圧倒的な様式美と威厳』だけは、空間を完全に支配していた。
貴族は印籠とマオの顔を見て、ガタガタと震え出した。
「ま、魔王、様……!? ば、馬鹿な、なんで魔王様がこんなお茶屋に……! い、いや、なんでそんな色んな劇のセリフが混ざっとるんじゃ!」
だが、次の瞬間。貴族の顔が醜く歪み、待ってましたとばかりに開き直った。
「……待てや! 貴様、ワシを騙そうたってそうはいかんぞ! 魔王様ならコテコテの関西弁じゃろうが! なんで気取った標準語なんじゃ!」
『よっしゃ! 完璧な開き直り! やっぱり戦いの後にはコレがないとな!』
「それに! 魔王なんぞ、人間と手ぇ組んだ腑抜けじゃ! 我らはザウード様と共に人間領を火の海にするんじゃ! 奥に控えておる精鋭ども、出会えぇぇええ!!」
襖を蹴り破り、別室から残りの私兵(精鋭部隊)が一斉に襲いかかってくる。
「成敗!!」
マオの断罪の号令とともに、ゴーン、シーア、アレンが再び本戦へと飛び出していく。
――その圧倒的な光景を、部屋の隅で見ていたエルザの心臓は、これまでにないほどの早鐘を打っていた。
(な、何なの……!? 先ほどまでアホみたいに笑っていた魔族の男が……あの圧倒的な威厳と、悪を断罪する完璧な標準語の響き……!)
エルザの脳内で、マオの『余の顔を見忘れたか?』という声がリフレインする。
氷のように冷たかった彼女の胸の奥で、激しい『ギャップ萌え』と『ヒロイズム』の炎が燃え上がったのだ。
(あぁっ……! な、なんて神々しいお方……! 私、どうしてしまったの……!? 顔が熱い……!)
エルザが顔を真っ赤にして頬を押さえ、熱っぽい視線をマオに向けている。
その瞬間。
敵を重圧魔法で制圧していたシーアが、ふとエルザの方を振り返った。
「……へ?」
さっきまで自分たちを虫ケラのように見下していた『絶対零度の冷たい蔑み目線』はどこへやら。
今のエルザは、マオにだけ見せる『恋する乙女の極上のデレ顔』を浮かべている。
凶悪な【氷の蔑み】からの【極上のデレ】コンボ。
シーアの性癖のキャパシティが、限界を突破した。
「あ、あかん……」
シーアの顔が茹でダコのように赤くなり、扇子が手からポロリと落ちる。
「ギャップが……尊っ……言葉が……出まへん……」
バタッ。
シーアはあまりの尊さに語彙力を完全に喪失し、そのまま白目を剥いて仰向けに倒れ(昇天し)た。
「おいシーア!? お前戦闘中に急に何バグっとんねん!!」
マオがツッコミを入れる中、大乱戦は続くのだった。
【ナレーション】
こうして、京都風エリアの夜は更けていきます。
時代劇の王道である「名乗る前の立ち回り」からハイブリッド口上への悪魔合体により、ついに『絶対零度の聖女』の心まで撃ち抜いてしまったマオ。
そして、尊さのあまり語彙力を失うという新境地(ポンコツ化)に達したシーア。
京都での世直しは、後編へと続きます!




