第23話:島根風エリアと神無月の密会
【ナレーション】
皆様、こんにちは。語り部兼、傍観者の私です。
日本海の幽霊船騒動を無事に(物理と浄化で)解決したマオ一行は、ついに本州の山陰地方、『島根風エリア』へと上陸いたしました。
ここは古くから神聖な空気が漂い、巨大な注連縄が飾られた『大社』を擁する、縁結びと歴史の街であります。
***
「いやー、空気が澄んどってええ所やなぁ! 島根言うたら、丸い漆器が三段重なった『出雲風割子そば』と、発祥の地とも言われる甘ーい『ぜんざい』や! 昼飯は絶対にそばとぜんざいの無限ループやで!」
大社へ続く風情ある参道を、マオが頭のゴム角を揺らしながら上機嫌で歩いている。
「マオ殿。いくら縁起物だからといって、炭水化物と糖分の摂りすぎは体に悪かごわす。食後はしっかりと参道を歩いて運動するごわすよ」
相変わらずの健康管理オカン属性を発揮するゴーン(薩摩弁)の横で、シーア(京都弁)は完全に別のものに目を奪われていた。
「おお……あちらに見えるは、大社で奉仕する巫女さんたち! 白い小袖と赤い袴の鮮やかなコントラスト……! 掃き掃除のたびにふわりと揺れる黒髪! あんな神聖な出立ちの娘さんと、あわよくば裏の鎮守の森で背徳的な……じゅるり」
シーアが扇子で口元を隠しながら、相変わらずのニチャァ……とした笑みを浮かべている。
「お前、神域に来てまで煩悩まみれやな。バチ当たるでほんまに」
マオが呆れてツッコミを入れたその時、懐の通信魔導具がけたたましく鳴り響いた。
ビロロロロ! ビロロロロ!
「……またか。せっかくの神聖な空気が台無しやで」
マオが嫌そうな顔で参道の木陰に入り、通信ボタンを押すと。
『ボリッ、ガリガリッ、ボリボリボリッ……!!』
「……ベルゼ。お前、ついに胃薬の瓶ごと食うようになったんか」
『……マオ様! 日本海で幽霊船を浄化したってどういうことですか!? そのせいで、海賊の亡霊に乗っ取られていた密貿易船の船主たちから「積荷の返還請求」と「損害賠償」の書類が山のように届いているんですが!? しかも通信の魔力波形からして、今度は島根ですか!? お願いですから、神域で揉め事を起こすような真似だけは……あぁっ、私の胃壁が注連縄のように捻れて……!』
「あ、ごめん! ちょっと大社で柏手打つ音が大きくて、電波が……ザザッ」
マオは一切の躊躇なく通話を切り、魔導具を懐にねじ込んだ。
【ナレーション】
はい、安定の強制終了ですね。ベルゼ宰相の悲痛な叫びは、神々の集う空へと消えていきました。
……さて。そんなマオたちの様子を、大社の屋根の上からジッと見つめる一つの影がありました。
『……獣王様。対象は今日も、そばとぜんざいのことしか考えてねぇだじゃ。わ、日本海で船酔いしたばっかりなのに、今度は神社の屋根の上さ登らされて……足腰が痛てぇべさ……』
監視役のくノ一、シノブ(青森・津軽出身)である。
すっかりおリンの「お風呂仲間」として定着しつつある彼女だが、本来の密偵としての意地を見せ、なんとか単独での尾行を試みていた。
***
気を取り直して、名物の出雲風そばを求めて大社周辺の街を歩くマオたちだったが、どうも街の様子がおかしい。
普段なら観光客や参拝客で賑わうはずの高級宿場町が、完全武装した私兵たちによって物々しく封鎖されていたのだ。
「なんや、えらい物々しいな。どないしたん?」
マオが近くの土産物屋の店主に尋ねると、店主は小声で教えてくれた。
「それが……今日は全国から『過激派』に賛同する特権貴族様たちが、一番大きな老舗旅館を貸し切って、なにやら重要な『密会』をしとるらしいんですわ」
「密会? 貴族がこぞって島根に集まっとるんか」
「ええ。なんでも……今の魔王様が腑抜けで役立たずだから、自分たちの手で『次期魔王』を選定するんだとか……逆らう者は神罰を下すと言われて、誰も近づけんのです」
その言葉を聞いた瞬間、マオの目の色が変わった。
「……は? 領民の参拝の邪魔をして、あまつさえ勝手に俺の次の魔王を決めるやと? ……それは万死に値するやろ!」
マオがピキィッ……と怒りのオーラを立ち昇らせたその時。
懐の通信魔導具が、ブルブルと震えた。
「おっ、おリンか?」
マオが通話ボタンを押すと。
『あ〜……極楽ばい。マオしゃん、聞こえとる?』
『わあぁぁっ!? なしてわだば、こんな勾玉の形したお風呂さ入れられてんだべ! 肌がツルツル滑って溺れるべさ!』
ちゃぷん……という水音と共に、おリンの艶っぽい声と、屋根の上にいたはずのシノブのパニック気味な悲鳴が響いた。
「……お前ら、シノブいつの間に捕まったんや」
『よかたい。貴族の連中が貸し切っとる旅館の奥に、『玉造風温泉』の源泉を引いた、巨大な勾玉型の美肌の湯があったけんね。お湯張って入ってみたら、化粧水みたいにトロトロで最高ばい。野良猫ちゃんは屋根から足滑らせたとこを捕獲したとよ』
日本庭園を臨む豪華な勾玉風呂で、おリンは豊かなプロポーションを輝かせ、ツルツル滑る湯船で溺れかけるシノブの腕を引っ張ってあげていた。
『貴族の親玉しゃんたちは、私が色仕掛けでお神酒ば飲ませて、奥の宴会場で爆睡しとるよ。どうやら、例の過激派の黒幕『ザウード』を強引に次期魔王に推挙して、反乱の狼煙を上げるつもりの密会みたいやね』
「ザウード……! 九州から本州にまで、あいつの根が張っとるんか」
マオの目が、スッと細くなる。
その時、通信越しにジョンののんびりした声が割り込んできた。
『マオにぃにぃ。僕も別行動で、貴族たちの連判状(反乱の誓約書)を金庫から盗んでおいたさー。いつでも突入できるさー』
「おっしゃ、でかした。……ほな、ゴーン、シーア。勝手に魔王の座を狙うおこがましい悪党どもに、ちょっとキツめのお仕置きが必要なんとちゃうか?」
「……承知したごわす! マオ殿、今日の俺の口上は、出雲の神々にも届くほど完璧に決めるごわすよ!」
***
老舗旅館の最深部、大宴会場。
目を覚ました貴族の親玉(ザウード派の筆頭)が、顔を真っ赤にして怒鳴り散らしていた。
「な、なんじゃ貴様ら! どこから入り込みやがった!」
広間には、数十人の特権貴族たちと、彼らが雇った完全武装の私兵たちがずらりと並んでいる。
その正面には、マオたち三人が悠然と立ち塞がっていた。
「マオ殿。いくごわす!」
ゴーンが一歩前へ出て、たっぷりとした間を取ってから、貴族の親玉をビシッと指差した。
「こ、この御方を……どなたと心得る!!」
『よっしゃ!! 語尾の「ごわす」抜き、完全に定着したな! めちゃくちゃカッコええでゴーン!』
マオが内心で大絶賛するのと同時に、シーアが流れるような優雅さで『魔王の印(印籠)』を突き出す。
「この紋所が目に入らぬかどすえ。こちらにおわす御方を……」
圧倒的な魔力の波動が大宴会場を包み込む。
マオは頭のゴム角を引き剥がし、威風堂々たる姿勢で、完璧な標準語を放った。
「……余の顔を見忘れたか?」
しんと、静まり返る宴会場。
勾玉風呂から上がってバスタオルに包まっていたシノブも、『わ、今日もきっちりこの茶番劇だべ……でもやっぱり見惚れちまうべ』と、その完成度の高さに感心している。
貴族たちは印籠とマオの顔を見て、ガタガタと震え出した。
「ま、魔王、様……!? ば、馬鹿な、なんで魔王様がこんな島根の旅館に……!」
だが、次の瞬間。
貴族の親玉の顔が醜く歪み、待ってましたと言わんばかりの開き直りの言葉を叫んだ。
「……待てや! 貴様ら、ワシらを騙そうたってそうはいかんぞ! 魔王様ならコテコテの関西弁じゃろうが! なんでそんな気取った標準語なんじゃ!」
『よっしゃ! 貴族相手でも完璧なテンプレ開き直り! これを聞かなきゃ仕事が始まらんわ!』
「それに! 魔王なんぞ、人間と手ぇ組んだ腑抜けじゃ! 我らは過激派のザウード様を新たな魔王として担ぎ上げ、再び人間領を火の海にするんじゃ! 本物だろうが偽物だろうが関係ない! ここで消し去ってやるわ! 出会えぇぇええ!!」
親玉の号令で、私兵たちが一斉に襲いかかってくる。
「やれやれ、往生際が悪いお人どすなぁ……お静まりやす」
「チェストォォォ!!」
シーアの重圧魔法が私兵たちを床に縫い付け、ゴーンの豪快な金棒が巻き起こす突風が、彼らをまとめて襖ごと中庭まで吹き飛ばす。
「勝手に魔王を決めるな、さー!!」
ゴーンが巻き起こした突風の混乱に紛れ、ジョンの影が音もなく親玉の背後へと滑り込む。手にした連判状の束で、親玉の後頭部をスパーンと強打する。
「お仕置きばい。野良猫ちゃんも、手伝ってんね!」
『わあぁぁっ!? なしてわだばバスタオルのまま戦わなきゃなんねぇんだべ! 肌がツルツルしすぎて踏ん張りが効かねぇだべさ!』
おリンに背中を押される形で飛び出したシノブ。
文句を言いながらも、美肌の湯の効果で異様に滑りの良くなった素肌を活かし(?)、敵の攻撃をヌルリと躱しながら『津軽流・猫だまし』の物理格闘術で残りの手下たちを次々と昏倒させていく。
「ひぃぃ……お、お助けをぉ……」
完全に無力化され、震え上がる貴族たち。
マオは冷酷な目で見下ろし、断罪の言葉を紡ぐ。
「言語道断である。領民の平穏な参拝を妨げ、あまつさえ己の野望のために反乱を企てるなど……万死に値する!」
***
事件解決後。
物々しい封鎖は解かれ、大社周辺の街には再び平和な賑わいが戻っていた。
マオたちは地元民から大いに感謝され、念願だった『出雲風割子そば』と『ぜんざい』を満喫していた。
「いやー! 喉越しのええ冷たい割子そばの後に、熱くて甘いぜんざい……この無限ループ、最高やな!」
「マオ殿、そば三段追加ごわす!」
「僕もぜんざいのお餅お代わりさー」
大満足で舌鼓を打つマオ、ゴーン、ジョン。
その横で、シーアはまだ大社の方へ向かう巫女たちから目を離さずにいた。
「ええどすなぁ……あの神聖な白い小袖……じゅるり」
そして一行の隅っこでは、すっかり巻き込まれてバスタオル姿で戦わされたシノブが、ぜんざいのお餅を頬張りながらため息をついていた。
『わ、美肌の湯さ入れられて、ツルツル滑りながら戦わされて……ほんと、割に合わない任務だべさ……でも、このぜんざいはなまら甘くて美味いべ』
【ナレーション】
こうして、島根風エリアの平和と、魔王の座(?)は守られました。
過激派ザウードの政治的な根回しをまた一つ潰したマオたち。本州・山陰地方の世直し道中は、さらに東へと続いていきます!
さて、次はどんな悪党(とご当地グルメ)が待ち受けているのやら!




