第20話:福岡風エリアと博多屋台の陰謀(前編)
【ナレーション】
皆様、こんにちは。語り部兼、傍観者の私です。
佐賀風エリアでの陶器偽造事件を解決したマオ一行。彼らはついに、九州エリア最大の歓楽街と経済の中心地、『福岡風エリア』へとやってまいりました。
川沿いにはネオンのような魔法灯が輝き、夜になればズラリと「屋台」が並ぶ、非常に活気のある街であります。
そしてここは……マオの直属の暗殺部隊長である、おリンの故郷でもあります。
***
「っしゃあ! 九州最大の街や! 福岡言うたら、やっぱり豚骨ラーメンと、明太子、それに一口餃子やな! 今夜は屋台をハシゴして、食い倒れるで!」
頭にゴム製の角をつけたマオが、夕暮れの川沿いに並び始めた屋台を見ながら、目を輝かせている。
「マオ殿。いくら美味いからといって、豚骨スープの飲み干しは塩分と脂質の摂りすぎになるごわす。替え玉も一回までにするごわすよ」
相変わらずの健康管理オカン属性を発揮するゴーン(薩摩弁)の横で、シーア(京都弁)は完全に別のものに目を奪われていた。
「おお……あちらに見えるは、開店準備に追われる屋台の看板娘さんたち! 鉢巻きをキュッと締める時に上がる腕と、エプロン姿から漂う活気! 忙しそうに額の汗を拭う横顔……! あわよくば、私がどんぶりを洗う手伝いをして、手が触れ合った瞬間に……じゅるり」
シーアが扇子で口元を隠しながら、相変わらずのニチャァ……とした笑みを浮かべている。
「お前、屋台の娘さん見ても発情するんか。守備範囲広すぎやろ」
マオが呆れてツッコミを入れたその時、懐の通信魔導具がけたたましく鳴り響いた。
ビロロロロ! ビロロロロ!
「……またか。せっかくの屋台街のええ匂いが台無しやで」
マオが嫌そうな顔で路地裏に入り、通信ボタンを押すと。
『ボリッ、ボリボリボリッ……!!』
「……ベルゼ。お前、佐賀の有田風陶器のトロフィー事件から、ずっと胃薬食いっぱなしなんとちゃうか」
『……マオ様! 佐賀の窯元を半壊させた補償問題で、私がどれだけ各所に頭を下げたと思ってるんですか!? それに、今そちらは福岡ですね? いいですか、福岡にはあの過激派「ザウード」の九州最大規模の支部があるという情報が入っています! 絶対に、絶対に目立つような真似は……あぁっ、私の胃壁が豚骨スープのように白濁して……!』
「あ、ごめん! ちょっと屋台のスープをかき混ぜる音が大きくて、電波が……ザザッ」
マオは一切の躊躇なく通話を切り、魔導具を懐にねじ込んだ。
【ナレーション】
はい、安定の強制終了ですね。ベルゼ宰相の悲痛な叫びは、屋台街の活気の中へと消えていきました。
……さて。マオたちが屋台の暖簾をくぐろうとしたその時、少し離れた屋台からガシャン!と激しい物音が響いた。
「なんじゃこりゃあ! 今月の『みかじめ料』が足りんやないか!」
柄の悪い数人の魔族が、屋台の椅子を蹴り飛ばし、店主の胸倉を掴んでいた。
「そ、そんな無茶な! 先月までの三倍の額なんて、ラーメンを何杯売っても払えんですばい!」
「うるさいわ! ワシら『黒竜ギルド』がこの屋敷街を守ってやっとるんや! 払えんのなら、この屋台ごと川に沈めてやるばい!」
チンピラがゲラゲラと笑いながら、寸胴鍋をひっくり返そうとする。
『……なるほどな。またクズが湧いて出よったわ。美味いラーメンの邪魔するやつは……』
マオの目がスッと細くなり、一歩踏み出そうとした。
しかし、その腕を横からスッと掴む手があった。
「……マオしゃん。ごめん、あいつらは私がやらせて」
振り返ると、そこには普段の「あざとかわいい定食屋の娘」の顔ではなく、冷たい暗殺者の目をしているおリンがいた。
「おリン? お前、知り合いか?」
「……『黒竜ギルド』。私がマオしゃんに拾われる前、ガキの頃に属しとった暗殺組織たい。昔は孤児を拾って育てる、義理堅い組織やったとに……どうやら、代替わりして腐っちまったみたいやね」
おリンの纏う空気が、いつもより数段鋭い。
マオは少しだけ目を丸くした後、優しく微笑んで引き下がった。
「そうか。お前の地元やもんな。……任せるわ。気ぃつけや」
「ありがとう、マオしゃん」
おリンは小さく頷くと、スッと影の中へと溶けて消えた。
***
数十分後。
マオたちが別の屋台で豚骨ラーメン(替え玉一杯目)をすすっていると、懐の通信魔導具がブルブルと震えた。
「おっ、おリンか?」
マオが屋台の裏手に回り、通話ボタンを押すと。
『あ〜……極楽ばい。マオしゃん、聞こえとる?』
『わあぁぁっ!? なしてわだば、こんた巨大な鍋さ入れられてんだべ! にんにくとニラの匂いがするだべさ! 食われるべ!』
ちゃぷん……という水音と共に、おリンの艶っぽい声と、シノブのパニック気味な悲鳴が響いた。
「……お前ら、今回はどんな風呂入っとんねん」
『よかたい。黒竜ギルドの幹部屋敷に潜入したら、巨大な『もつ鍋用の鉄鍋』があったけんね。お湯張って、ニラに似た薬草と、にんにく型の入浴剤ば入れたら、スタミナ満点の『もつ鍋風薬湯風呂』になったばい。お肌がポカポカすっとよ。野良猫ちゃんは自分が煮込まれとるって勘違いして泣いとるけど』
豪華な屋敷の一室。巨大な鉄鍋風呂の中で、おリンは豊かなプロポーションを伸ばし、にんにくの匂いを嫌がるシノブの頭に手ぬぐいを乗せてあげていた。
「シリアスな空気やったのに、風呂への執念は相変わらずなんやな……」
マオが思わずため息をつく。
『ふふ、仕事はバッチリやけね。幹部しゃんは、私が色仕掛けでお酒飲ませて、奥の部屋で爆睡しとるよ。裏帳簿ば確認したけど……やっぱり、屋台から巻き上げたお金は、過激派のザウードに上納されとる。それと引き換えに、ザウードから大量の武器を受け取って、九州エリア全体を力で支配するつもりみたいやね』
「ザウード……やっぱりあいつか」
『それと……今の黒竜ギルドの頭目は、私がガキの頃に暗殺のイロハを教えてくれた『師匠』たい。まさか、あんな誇り高かった人が過激派の手先に成り下がっとるなんて……』
おリンの声が、わずかに震えていた。
その時である。
『――随分と久しぶりやねぇか、おリン』
通信機越しに、低く、冷酷な男の声が響いた。
『!? 師匠……! いつからそこに……!』
おリンの驚愕の声と、シノブの『ひっ!?』という悲鳴が重なる。
通信越しに、複数の足音と、武器を構えるガチャリという音が聞こえてきた。どうやら、風呂場が完全に包囲されてしまったようだ。
『昔はお転婆やったお前も、随分とイイ女になったやねぇか。だが、腕は鈍ったみたいやな。こんな入浴中に囲まれるなんてよ』
『……師匠。なんであんたが、あんな過激派の連中と……!』
『時代が変わったとよ。魔王なんていう腑抜けに従っとるより、ザウード様に付いた方が、ギルドはデカくなる。……おい、裏切り者のおリンを捕らえろ。抵抗するなら殺して構わんばい!』
「おリン! シノブ!」
マオが通信機に向かって叫ぶが、激しい戦闘音と水しぶきの音だけが響き、通信はプツリと途絶えてしまった。
「……マオにぃにぃ。おリンねぇねぇが、屋敷の奥で囲まれてるさー」
いつの間にかマオの背後の影から現れたジョンが、静かに報告する。彼も別ルートで潜入し、様子を窺っていたのだ。
「あぁ、聞こえとったわ。……ジョン、場所の案内頼めるか?」
「もちろんさー」
マオから、ピキィッ……と、尋常ではない怒りのオーラが立ち昇る。
それを見たゴーンとシーアは、ラーメンのどんぶりを置き、即座に武器を手に取った。
「マオ殿。ご命令を」
「やれやれ……身内を傷つけようとするとは、えげつない連中どすなぁ」
マオは冷たい目で、ギルドの屋敷がある方向を睨みつけた。
「……俺の大事な家族(お供)に手ぇ出して、タダで済むと思っとるんか。ゴーン、シーア、ジョン! カチコミや! あの腐ったギルド、根こそぎ潰すで!!」
【ナレーション】
こうして、福岡の夜の街を舞台に、マオたちの怒りのカチコミが始まりました。
かつての恩師と対峙することになったおリン。そして、もつ鍋風呂のまま戦場に取り残されたシノブの運命やいかに!
怒涛の解決編となる第21話へ続きます!




