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第7話 カマかけ

 俺はさらに深く、復元されたフォルダ群を漁っていった。


「ん?なんだこれ……スケジュール帳のデータか」


 そこには、網代の半年先までの詳細な予定がビッシリと書き込まれていた。俺は目を細め、直近の予定を確認する。


「来週の週末……東京ビッグサイト、『コスクロ』参加予定……」


 コスクロ。正式名称は『TOKYOCOS-CHRONICLE(トーキョー・コス・クロニクル)』。二日間で十万人以上を動員する国内最大級のオールジャンル・コスプレ即売&撮影イベントだ。


「しかも、コスプレするキャラクター名まで丁寧に書いてあるな。『漆黒のアルケミスト』の……エレノア・フォン・クライシスか」


 HDDから復元したあの過激なコスプレ写真を思い出しながら、俺は改めてブラウザでアニメの公式サイトを検索した。

 キャラクター紹介のページを開くと、そこに描かれているのは、黒髪ロングに冷徹な眼差しを持ったドS幹部キャラクターだ。


「……なるほど。公式の設定を見ても、あいつの普段の鉄面皮に近い雰囲気はあるな。だが……改めて見てもこの衣装は……」


 画面の中のエレノアの公式デザインは、漆黒のタイトなハイレグ風レザーボディスーツに、深紅の裏地がついたロングマントを羽織っている。胸元と腰回りには金属装飾が施され、露出度と重厚感を兼ね備えた、あまりにも過激な戦闘服だ。復元データにあった網代のコスプレは、これを完璧に再現していたわけだ。


「あの堅物女が、こんな淫らで際どい格好をして本当に人前に出るっていうのか……?」


 ここにある写真とは違う実物。想像しただけで、口の中がカラカラに乾いていく。興奮と期待が全身を駆け巡った。


「決まりだ。来週の週末、俺もこのイベントに見学に行くとするか」


 いきなりHDDのデータを突きつけて脅すのはリスクがでかすぎる。俺はあくまで「偶然を装って」イベント会場の彼女に接触するのだ。そうすれば、俺が網代のHDDの中身を握っていることを完全に隠したまま、彼女の退路を断つことができる。

 俺はアニメの動画配信サイトに登録し、その夜のうちに『漆黒のアルケミスト』を一気見する予習を始めた。網代が演じるキャラクターの解像度を上げることで、来たるべき精神的いたぶりの計画はより完璧なものへと仕上がっていった。


 +++


 翌日。

 第二開発部のフロアは、相変わらず激戦区特有のピリピリとした緊張感に包まれていた。


「亜久嶋《あくしま》主任。昨日のパッケージ原価の再計算データ、確認していただけましたか」


 俺のデスクにやってきた網代は、いつも通りの無表情で書類を差し出してきた。地味なグレーのスーツに、ノーメイクに近い顔。右目の目じりにある二つの泣きぼくろだけが、妙に目を引く。


「ああ、完璧だったよ。さすが網代だな、いつも仕事が早くて助かる」


 俺は人当たりの良い爽やかな笑顔を貼り付け、書類を受け取った。


「当然の業務を行ったまでです。次からは、初めからこの精度で提出をお願いします」

「厳しいなぁ。でも、その通りだ。気をつけるよ」


 普段ならここで会話は終わり、網代は踵を返して自分のデスクに戻る。だが、今日に限って俺は彼女を引き止めた。


「そういえば網代。今度の週末、何か予定はあるのか?」


 俺が唐突にプライベートな質問を投げかけると、網代の肩がピクリと揺れた。


「え……?」


 銀縁眼鏡の奥の瞳が、わずかに見開かれる。そして、ほんの一瞬――本当に微細な変化だったが、彼女の固く結ばれた口元が緩み、顔がほころんだように見えた。


「どうしたの、急に……?」


 いつもは抑揚のない声に、戸惑いと、どこか期待を孕んだような甘い響きが混じる。

 ……なるほど、そういうことか。

 俺の疑惑は確信に変わった。この女、間違いなく俺に対して好意を抱いている。唐突に週末の予定を聞かれたことで、「デートに誘われるのかもしれない」と錯覚し、浮き足立って見せた綻びだ。

 俺を論破して見下しておきながら、腹の底ではそんな甘い期待を抱いていたとは。滑稽すぎて反吐が出そうだが、同時に最高のオモチャを見つけた喜びに打ち震えた。


「いや、たまには息抜きも必要だと思ってね。お互い、激務が続いているだろ?」


 俺はわざと優しく、彼女の期待を煽るような声色で囁いた。


「……そうね。でも、週末は……少し、外せない用事があって」


 網代はわずかに頬を染めながら、視線を泳がせた。

 知っているさ。東京ビッグサイトで、露出狂みたいなレザーボディスーツを着て、大勢のカメラ小僧どもに写真を撮らせる淫乱な用事だろ?


「そうか、それは残念だ。じゃあ、また今度誘うよ。仕事、頑張ってな」

「……ええ。お疲れ様」


 網代は名残惜しそうに一度俺の顔を見てから、自分のデスクへと戻っていった。

 俺はパソコンのモニターに向き直り、誰にも見えないように口角を吊り上げた。

 あの期待に満ちた顔が、週末のイベント会場で俺と鉢合わせた瞬間、一体どんな絶望に染まるのか。

 会社では完璧なエリート。裏では過激なコスプレイヤー。そして俺に好意を寄せる哀れなBL好き女。


「完璧に弄んで、飼い慣らしてやるよ……網代」


 嵐の前の静けさの中、俺の頭の中は週末の精神的いたぶりの計画で満たされ、最高潮の全能感に酔いしれていた。

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