第5話 同期の秘密
俺は震える手でマウスを操作し、急いで東都フーズの社内ポータルサイトにアクセスした。
社員検索のフォームに「網代真緒菜」と打ち込み、エンターキーを強く叩く。
画面に表示されたのは、仕事内容紹介のインタビューに答える、見慣れた同期の顔写真だった。
地味オブ地味、愛想の欠片もない鉄面皮。
俺はその顔写真の右目部分を拡大し、先ほどの『漆黒のアルケミスト』のエレノアのコスプレ写真と並べてモニターに映し出した。
片方は、俺を完膚なきまでに論破してきた、冷徹で堅物な女。
もう片方は、派手なメイクとカラーコンタクトで彩られ、圧倒的な威圧感と色気を放つ魔導帝国特務執行官。
まるで別人のようだが、隠しようのない事実がそこにあった。
右目尻にある、特徴的な二つの泣きぼくろ。
位置、間隔、大きさ。すべてが完全に一致している。
「くっ……ふふ、あははははっ!」
静まり返った深夜の部屋に、俺の抑えきれない笑い声が響き渡った。
間違いない。この過激な衣装を纏い、カメラの前で惜しげもなく自分の肢体を晒している超絶美麗な女は、あの網代真緒菜だ。
俺の胸の奥で、いけないものを覗き見ているという強烈な罪悪感と、他人の重大な恥部を握ったという圧倒的な優越感が入り混じり、脳髄が痺れるような興奮となって駆け巡った。
「あの女……会社ではあんなに隙のない堅物ぶっておいて、裏ではこんな破廉恥な格好をして喜んでたのかよ!」
俺は再び画像フォルダに戻り、次々と写真をめくっていった。
『神聖機巧ヴァルキリー』の超ハイレグのバトルスーツ姿。絶対領域を強調するサイハイブーツが、彼女のスタイルの良さを際立たせている。
『黄昏のルナティック・ドール』の妖艶な吸血鬼のドレス姿では、深く入ったスリットから白い太ももが覗き、胸元が大きく開いたコルセットが豊かな膨らみを強調していた。
次から次へときわどい写真が出てくるたび、俺の口元は歪んだ笑みの形に固定されていく。
「最高だ……こんな極上の秘密、そうそうお目にかかれるもんじゃない。それも知り合いときたもんだ」
写真を一通り嘗め回すように鑑賞した後、俺は復元された別のデータファイル群に目を向けた。
「画像だけじゃない。ブラウザのキャッシュや、ネット通販の購入履歴データもしっかり復元されてるな」
俺はテキストビューアでログファイルを開いた。
そこに残されていたアカウント名や配送先の名前は、やはり「網代真緒菜」となっていた。
ここまでかすかにあった、『網代のファンが撮影した写真を保存していたHDDではないか』という疑いが消え、俺はさらにこのデータ群にのめり込んだ。
「さて、何を買っていたのかな、網代主任は」
購入履歴の大半は、コスプレ用の特殊な生地やウィッグ、カラーコンタクト、それに撮影用の小道具や化粧品だった。これだけのクオリティを維持するためには、相当な金をつぎ込んでいるはずだ。
だが、リストをスクロールしていくうちに、全く別のジャンルの商品が大量に混ざっていることに気がついた。
「なんだこれ……同人誌?」
タイトルを読み上げようとして、俺は思わずむせた。
『発情する獣たち〜監禁部屋の甘い罠〜』
『傲慢な王が俺の腕の中で泣くまで』
『完璧な上司のスーツを剥ぎ取り、首輪を繋ぐ夜』
『気高き獣が「駄馬」に堕ちる日〜鞭と公開調教の甘い罠〜』
『「出させてください」と泣いて乞うまで〜極限寸止め地獄〜』
購入されているのは、どれもこれも男同士の絡みを描いた、極めて過激で激しいBL漫画の同人誌ばかりだったのだ。それも、ただの恋愛ものではなく、ハードなシチュエーションや支配をテーマにしたものが多い。
「マジかよ……」
俺は腹を抱えて笑った。
「あの鉄面皮女、いつもは感情を殺したような顔で『感情論ではなく、正確なデータに基づく進行をお願いします』なんて偉そうに言ってるくせに、頭の中はこんないやらしい事ばかり考えてるのかよ!」
すました顔の裏で、男同士の過激な性描写に興奮し、自分の身体を際どい衣装で包んで他人の視線を浴びている女。
俺の中で、網代真緒菜という人間のイメージが、ガラガラと音を立てて崩れ落ちていく。そして同時に、彼女に対する絶対的な優位性が確立されたのを感じた。
俺はモニターに映る彼女の美しい顔を指でなぞりながら、暗い部屋の中で一人、悦に入っていた。
「明日、会社でどんな顔をしてやろうか。いや、これをネタに彼女に接するのは俺のポリシーに反する……」
俺は倫理と欲望の狭間にいながらも、完全に支配者の気分に浸っていた。
ただ、俺の好奇心はまだ満たされてはいなかった。
「他にも何か面白いものはないか……?」
俺はマウスを操作し、続けて解凍された別のフォルダを開いた。
そこは『Camera_Uploads』と名付けられた、スマートフォンのカメラロールのバックアップと思われるフォルダだった。
サムネイルが読み込まれるのを待ち、一番新しい画像をクリックする。
「……ん?」
画面に映し出されたのは、コスプレ写真でも、BL同人誌の表紙でもなかった。
それは、東都フーズのオフィス内で撮影された風景だった。
画角の端には、見慣れたパーテーションやキャビネットが写っている。
そして、その写真の中央に無防備な姿で写っていたのは――。
「え……俺、か?」
パソコンに向かって眉をひそめながらキーボードを叩いている、俺自身の姿だった。




