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第40話 スカーフの下の秘密

 翌朝、東都フーズ本社の第二開発部。いつも通りの張り詰めた緊張感が漂うフロアに、俺は足を踏み入れた。

 だが、今日の俺の出で立ちは普段の爽やかなスーツスタイルとは少し違っていた。ワイシャツの襟元に、柄物のスカーフをしっかりと巻きつけているのだ。

 昨夜、真緒菜から強制的に装着された、GPS内蔵のレザーチョーカー。これを周囲の目から隠すための、苦肉の策だった。


「おはようございます、亜久嶋主任。……あれ、今日はスカーフですか?珍しいですね」

 すれ違った後輩社員が、不思議そうに首元を見てくる。

「あ、ああ……ちょっと体調不良でね。喉を痛めてしまって、冷やさないようにしているんだ」

 俺は引きつりそうになる頬を必死に抑え、口角を無理やり引き上げて穏やかな表情を取り繕った。

「そうなんですね。お大事にしてください」


 後輩をやり過ごし、自分のデスクに座る。ふと斜め前方に視線をやると、そこには同期の網代真緒菜が座っていた。

 昨夜の艶めかしい姿からはとても想像できないような、黒髪のひっつめ髪に銀縁眼鏡。地味なグレーのスーツを身に纏い、無駄口を一切叩かずにモニターに向かっている。会社では完璧かつ冷徹な、いつもの堅物エリートの姿だ。

 昨夜、俺を足元に這いつくばらせ、狂気的な笑みを浮かべていたあの怪物と同じ人間とは到底思えない。


 午前十時。フロアは本格的に業務の熱を帯びていた。

 俺たちの所属する第二開発部は、激戦区であるチルド・簡便調理食品を担当する花形部署であり、社内で最もプレッシャーと注目が集まる場所だ。ミス一つ許されない減点主義の厳しい環境の中で、俺はいつも通り数字と向き合っていた。

 だが、不意に背筋に冷たいものを感じて顔を上げる。

 遠くの席に座る真緒菜が、仕事の手を止め、銀縁眼鏡の奥から真っ直ぐに俺を見つめていた。


 彼女は自身の首元を指先でトントンと軽く叩き、そして冷徹な視線で俺に向かって無言の指示を出してきた。

『スカーフをめくって、チョーカーを見せなさい』と。


「なっ……」

 ここは会社の中枢だ。周りには何十人もの同僚や上司がいる。誰か一人にでも見られれば、俺の社会的な立場は一瞬で崩壊する。

 俺は小さく首を横に振ったが、真緒菜の視線は容赦なく俺を射抜き続けている。逆らえばどうなるか、昨夜嫌というほど思い知らされたはずだ。

 俺は周囲の社員たちが自分のパソコン画面に集中していることを何度も警戒しながら確認し、震える手をゆっくりと首元のスカーフへと伸ばした。

 そして、ほんのわずかな隙間だけスカーフをめくり、首に巻き付いた屈辱的なレザーのチョーカーを、真緒菜の視界に向けて晒け出した。


 ピコン、と。

 その直後、俺のパソコンの社内チャットツールに、新規メッセージの通知がポップアップした。送信者は『網代真緒菜』。

 仕事の連絡を装ったその個別チャットを開き、俺は顔面から火が出るほどの羞恥に襲われた。


『心拍数130。仕事中だというのに、随分と興奮しているのね、変態さん』


 左手の薬指にはめられたウェアラブルセンサーリング。それが俺のバイタルデータを、リアルタイムで彼女の端末に送信し続けているのだ。チョーカーを晒すという背徳感と恐怖で跳ね上がった俺の心臓の鼓動は、すべて彼女に筒抜けになっていた。

 俺が顔を上げて真緒菜を見ると、彼女は高ぶる俺の心拍数のデータを見て、手で口元を隠しながらくすくすと笑っていた。

 絶対的な支配。物理的な拘束だけでなく、体の内側の反応すらも掌握され、オフィスのど真ん中で嬲られている。


 俺が完全に服従し、屈辱に震えているのを確認すると、さらに歪んでいる真緒菜は、とんでもない行動に出た。

 彼女は周囲の同僚から死角になる絶妙な角度を保ちながら、おもむろに自らのブラウスのボタンに手をかけたのだ。

 そして、挑発的な視線を俺に送ったまま、シャツの胸元をわずかにめくって見せつけた。


「……っ!?」


 俺は息を呑み、危うく椅子から転げ落ちそうになった。

 地味で堅苦しいビジネススーツの内側。そこには、俺のためだけに彼女が仕込んできた、露出度の高い過激なコスプレスーツの布地がはっきりと覗いていたのだ。

 こんな厳格なオフィスで、社会人の常識を完全に逸脱した破廉恥な行為。もし誰かに見られれば、彼女自身もただでは済まないはずだ。

 だが、真緒菜はそんなリスクなど微塵も気にしていない様子で、俺だけに向けてその秘密を見せびらかし、妖艶に微笑んでいる。


 頭がおかしくなりそうだった。

 俺は彼女の究極のオモチャとして、この厳しいオフィスで圧倒的な屈辱を味わわされている。

 だが、同時に――俺の胸の奥底で、ドロドロとした熱いものが渦を巻き始めていた。

 この完璧なエリート女が、俺を興奮させ、いたぶるためだけに、服の下に狂った秘密を隠し持っている。そして、俺の首には彼女の所有印が巻かれ、二人だけの究極の秘密を共有している。

 恐怖と屈辱で塗り固められていたはずの俺の心に、倒錯した未知の快楽の片鱗が、確かな熱を持って芽生え始めていた。

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