第38話 奴隷の証
パカッと開かれた箱の中には、漆黒のレザーでできた重厚なチョーカーと、チタン製の無機質なリングが収められていた。
「これ、は……」
「亜久嶋くんが、永遠に私だけのものだっていう『奴隷の証』よ」
真緒菜は妖艶に微笑みながら、箱の中からチョーカーを取り出した。
そして、抵抗する気力すら失った俺の首に、それをぐるりと回し、カチャリと冷たい音を立ててロックをかけた。
「ひっ……!」
「このチョーカーにはね、最新の小型GPSが内蔵されているの。あなたがどこにいても、私は24時間、あなたの位置を把握できるわ。それに、特殊なロックがかかっているから、私のスマートフォンから操作しない限り、絶対に外れない」
「あ……ぁ……っ」
首を締め付けるレザーの冷たい感触が、俺の自由が完全に奪われたことを物理的に証明していた。
「もし無理矢理外そうとしたら、私の元にアラートが飛ぶ仕組みになっているわ。その瞬間、あなたのパソコンから抽出したあの違法な覗き見データや、瑞希を貶めたデータのフォルダが、警察と東都フーズの役員会に一斉送信されるわよ」
「し、しません……っ、絶対に、外しません……っ」
「いい子ね。じゃあ、次はこのリング」
真緒菜は俺の左手を取り、薬指にチタン製のリングをはめた。
「これはウェアラブルセンサーリング。あなたの心拍数、体温、発汗量、睡眠状態……バイタルデータのすべてが、常に私の手元の端末に送られてくるの。あなたが今、どれくらい私に怯えているか、あるいは……どれくらい興奮しているかも、全部筒抜けってこと」
「そんな……俺の、心の中まで……っ」
物理的な位置情報だけでなく、肉体の反応、精神状態までもが完全に監視され、支配される。
俺という人間のプライバシーは、文字通り一切合切が消滅した瞬間だった。
「明日からは、会社にもこれをつけて出社してね」
「か、会社に……っ?でも、こんなチョーカーをつけていたら……」
「スカーフでも巻いて、上手く隠しなさいよ。亜久嶋くんは優秀なエリート社員なんだから、それくらいできるでしょ?」
真緒菜は俺の顎を指先で持ち上げ、冷酷な目で俺を射抜いた。
「明日、私が会社で『亜久嶋主任、昨日の原価計算ですが……』って冷たく指摘した時。あなたは首輪をつけられた惨めな奴隷として、私に平身低頭で謝らなきゃいけない。周りのみんなは、私たちがただの不仲な同期だとしか思っていない。でも、あなたの首には私の所有印が巻かれていて、あなたの心臓の鼓動はすべて私の手の中にあるの。……想像しただけで、ゾクゾクしない?」
「あっ……うぅ……っ」
「それに、このチョーカーとリングは充電式なの。バッテリーが切れたら、自動的にロック異常とみなされてデータが送信される仕組みになっているわ」
「ちゅ、充電……?じゃあ、どうすれば……っ」
「充電器はね、この部屋にしか置いてないの」
真緒菜は決定的な言葉を、俺の耳元で甘く囁いた。
「つまり、あなたは毎日必ず、この部屋に帰ってこなきゃいけないってこと。……もう、あなたの帰る場所は、私のもとにしかないのよ、大輝」
下の名前で呼ばれた瞬間、俺の全身を強烈な電流のような絶望が貫いた。
逃げ道は完全に断たれた。
社会的な立場も、プライバシーも、帰る場所すらも、すべてがこの狂った怪物の掌の中に収められてしまったのだ。
「さあ、ご主人様に返事は?明日から、誰の犬として生きるの?」
真緒菜が俺の首のチョーカーを指先でクイッと引っ張り、顔を近づけてくる。
俺の心臓は、ウェアラブルセンサーが感知している通り、かつてないほどの速さで早鐘を打っていた。
恐怖と絶望で頭が狂いそうになっている。
だが、そのどん底の絶望の中で、俺の体は、そして壊れかけた精神は、この圧倒的な支配者にすべてを委ねることに、抗いがたい『快感』と『安堵』を覚え始めていた。
俺が他人の弱みを握り、安全な場所から見下して得ていたような薄っぺらい全能感ではない。
この底知れぬ深淵に完全に飲み込まれ、彼女の絶対的な所有物として飼い殺されること。それこそが、俺の歪んだ魂が行き着くべき最終地点だったのかもしれないということ。
「……はい、ご主人様……。俺は……一生、真緒菜様の……犬です……っ」
俺はポロポロと涙をこぼしながら、真緒菜の足元に崩れ落ち、その滑らかな足首に恭しく口づけをした。
真緒菜は狂喜に満ちた妖艶な笑みを浮かべ、俺の頭を優しく撫でる。
こうして、俺の浅はかで滑稽な支配劇は完全に幕を下ろした。
明日から俺は、表向きは完璧なエリート社員を演じながら、チョーカーで首を締め付けられ、彼女の究極のオモチャとして永遠にこの歪で甘美な地獄を生きることになる。
そして、それに歓喜している自分がいることに、俺はもう抗うことをやめていた。




