第37話 答え合わせ
テレビの画面は、真緒菜の手元のリモコン操作によって次々と切り替わっていった。
「見て、亜久嶋くん。これが私たちの『記念すべき最初の日』よ」
巨大な有機ELディスプレイに映し出されたのは、東京ビッグサイトでのコスプレイベント『コスクロ』の光景だった。
画面の中の俺は、カメコたちの波を強引に押し退け、最前列へと躍り出ている。そして、エレノアの衣装を着た真緒菜に近づき、「もしかして、網代さん?」と声をかけていた。
あの時、俺は自分が圧倒的な優位に立っていると信じて疑わなかった。真緒菜の秘密を暴き、冷徹な仮面を剥ぎ取ってやるというドSとしての全能感に酔いしれていた。
だが、伸治のカメラが捉えたその時の『俺の顔』は、今の俺から見ればあまりにも滑稽だった。自分の思い通りに事が進んでいると浅はかにも勘違いし、得意げに口角を吊り上げている、ただの哀れなピエロの顔だ。
「この時の亜久嶋くんの顔、本当に最高。自分が優位に立っているって信じて疑わない、その傲慢な瞳。私、この瞬間にね、体の奥が熱くなってどうにかなりそうだったのよ」
「あ……ぁ……」
「そして、これ。非常階段に逃げ込んだ時の映像ね」
画面が切り替わり、薄暗い非常階段の踊り場が映し出された。
俺がスマートフォンを突きつけ、会社にばらすと脅している場面だ。画面の中の真緒菜は、膝から崩れ落ち、写真集を抱きしめて涙ながらに懇願している。
「『じゃあ、コスプレ辞める?』って、亜久嶋くんが冷酷に見下ろしてきた時。私の心臓は破裂しそうなくらい高鳴ってた。ああ、もっと痛めつけて、もっと私からすべてを奪ってって……そう思いながら泣いて懇願する演技、我ながら完璧だったと思わない?」
「えん、ぎ……全部、演技だったのかよ……っ」
「当然でしょ?私は資産家の令嬢よ。会社をクビになったところで痛くも痒くもないし、コスプレの資金に困ることもない。でもね、亜久嶋くんが私を『自分の所有物』だと信じ込んで、偉そうに支配者ぶるのを見るのが、たまらなく楽しかったの」
真緒菜はワイングラスを傾けながら、心底満たされたような優雅な笑みを浮かべた。
俺の心は完全にへし折られていた。
俺が彼女を脅し、屈服させ、支配していると思い込んでいたあの極上の時間は、すべて彼女の手のひらの上で踊らされていたに過ぎなかった。俺のサディズムは、彼女の歪んだマゾヒズムと支配欲を満たすための、ただの安っぽいオモチャだったのだ。
「駐車場での車内映像も、もちろん残してあるわ」
画面には、レンタカーの後部座席が映し出された。
吸血鬼カルミラの真紅のドレスを着た真緒菜が、俺の足元に這いつくばって靴紐を結んでいる。
あの時、俺は外を通りかかる一般客の目を気にさせ、彼女を極限の羞恥でいたぶったつもりでいた。
「あのレンタカー、亜久嶋くんが自分で手配したつもりだったんでしょうけど、実は私が伸治に指示して、亜久嶋くんが確実にあの車を選ぶように細工していたのよ。もちろん、車内には超小型のカメラとマイクを完璧に仕込んでおいたわ」
「なっ……!じゃあ、あの時……っ」
「ええ。あなたが私を見下して、王様みたいに振る舞っている姿。そして私が屈辱に震えながら靴紐を結ぶ姿。全部、特等席のカメラで録画されていたの」
俺はガタガタと震える手で、自分の顔を覆った。
恥ずかしい。ただひたすらに、自分が恥ずかしくて惨めだった。
俺は自分が完全犯罪を成し遂げたような気になっていた。誰にもバレずに、この高慢な女を裏で調教しているのだと。
しかし実際は、俺の行動のすべてが筒抜けで、彼女の用意した舞台の上で、彼女が望む通りの『ご主人様役』を滑稽に演じさせられていただけだったのだ。
俺はソファに丸まり、耳を塞いだ。
これ以上、自分の滑稽な過去を突きつけられたくなかった。アイデンティティが崩壊していく。自分が何者なのか、自分が今まで何をしてきたのか、すべてが根底から覆されていく絶望感に、俺はただ涙を流すことしかできなかった。
「ふふっ……泣かないで、亜久嶋くん。私はね、そんなあなたを愛しているのよ」
真緒菜は俺の隣に座ると、俺の頭を優しく胸に抱き寄せた。
その体温と、甘い香水とワインの香りが、俺の麻痺した脳髄を優しく包み込んでいく。
怖い。恐ろしい。だが、彼女の胸に抱かれていると、不思議と抗いがたい安心感と、どうしようもない諦めが入り混じったような、奇妙な感覚に陥っていく自分がいた。
「これまで、私をたくさん苛めて、たくさん楽しませてくれたお礼に……今日は特別なプレゼントを用意したの」
真緒菜は俺の頭を撫でながら、ローテーブルの下から黒いベルベットの小箱を取り出した。




