第31話 タワーマンションへの招待
地下鉄の駅から直結した、都心の一等地にある超高級タワーマンション。
大理石のエントランスを抜け、専用のICカードがなければボタンすら押せない厳重なセキュリティのエレベーターに乗り込む。
表示された階数は、最上階。
静かに滑るように上昇する箱の中で、俺は隣で縮こまっている網代真緒菜を見下ろした。
地味な私服に身を包み、不安げに俯いている彼女の肩を、俺はわざとらしく抱き寄せる。
「まさか、君がこんな立派な所に住んでいたなんてな。東都フーズの主任の給料じゃ、どう考えたって釣り合わないだろう?」
俺が探るように尋ねると、真緒菜は図星を突かれたように視線を泳がせた。
「そ、それは……っ。ここ、無理をして借りているんです……」
「無理をして?どうしてまた、そんな見栄を張る必要があるんだ?」
「……コスプレの衣装や機材を置くのに、広い部屋が必要で。それに、セキュリティがしっかりしていないと、ストーカーとかも怖かったから……っ。でも、家賃の支払いは毎月ギリギリで、本当に苦しくて……」
真緒菜は涙目を浮かべ、俺の顔を見上げて必死に言い分を語った。
その言葉を聞いて、俺の腹の底からどす黒い歓喜が込み上げてきた。
(くくっ……なるほどな。裏でコソコソとあんな過激な格好をして、男どもの視線を集めるのに必死だったから、こんな不釣り合いな城に無理して住み着いたわけだ)
そして何より、そんな身の丈に合わない生活をしてまで守りたかった彼女の秘密を、今、俺が完全に握りしめているという事実。
大勢のファンに囲まれて女王様気取りだったカリスマレイヤーが、生活費を切り詰めてまで維持しているこの豪華な部屋に、俺という絶対的な支配者を招き入れている。
つまり、彼女はこの部屋も、自分の人生も、すべてを俺に捧げるために無理をしているのと同じことだ。
「そうか。大変だったな、真緒菜。でも安心していいよ。これからは、俺が君のすべてを管理してやるから。君はただ、俺の言うことだけを聞いていれば幸せになれるから」
「あ……ぁ……っ。はい……亜久嶋さん……」
真緒菜は完全に屈服したように、力なく俺の胸に額を擦り付けた。
チンッ、と静かな音が鳴り、エレベーターの扉が開く。
ふかふかの絨毯が敷き詰められた内廊下を進み、彼女の部屋のドアを開けた。
「……ほう」
俺は思わず感嘆の声を漏らした。
広々としたリビングの先には、床から天井まである巨大な窓ガラスが広がり、宝石箱をひっくり返したような東京の夜景が一望できた。
間接照明に照らされた室内には、高級感のある革張りのソファや、洗練されたデザインの家具が整然と配置されている。
「本当に良い部屋じゃないか。まるで王様の城だな」
「そ、そんな……。私には、もったいない場所です……っ」
「そうだな。君にはもったいない。だが、俺にはふさわしい」
俺は靴を脱ぎ捨て、我が物顔でリビングへと足を踏み入れた。
高級な革張りのソファにどっかりと腰を下ろし、ネクタイを緩める。
「ほら、突っ立ってないで、ご主人様に飲み物を持ってこい。とびきり美味い酒がいいな」
「は、はい……っ、すぐに……」
会社では俺を容赦なく論破してきたあのエリート女が、今、俺の命令に怯えながらキッチンへと小走りで向かっていく。
俺は夜景を見下ろしながら、王様気取りで足を組んだ。
この上ない全能感。彼女の秘密を握り、尊厳を打ち砕き、絶対的な服従を誓わせた。そして今夜、この豪華な部屋で、俺は彼女の心と体のすべてを完全にしゃぶり尽くし、決定的な所有印を刻み込むのだ。
「お待たせいたしました……亜久嶋さん」
トレイに高級なワインが入ったグラスを乗せて、真緒菜が戻ってくる。
俺はグラスを受け取ると、彼女の腕を掴んで強引に引き寄せ、俺の足元に膝をつかせワインを一気に飲み干した。
「俺はこれからシャワーを使う。君はここで、俺が戻ってくるのを大人しく待っていろ」
「は、はい……」
「逃げようとしたり、誰かに連絡しようとしたらどうなるか、わかっているな?」
「しません……っ。私には、もう亜久嶋さんしかいませんから……っ」
怯えきった上目遣いで懇願する彼女の頭をポンポンと撫で、俺は悠然と立ち上がった。
+++
広々とした大理石張りのバスルーム。
備え付けられた海外製の高級シャワーから降り注ぐ熱い湯を浴びながら、俺は鼻歌を歌うような気分だった。
俺の思い描いた通りの、いや、それ以上の完璧なシナリオ。
大学時代に親友と恋人に裏切られて以来、他人の善意など一切信じてこなかった。他人の弱みを握り、踏みつけることでしか自分を保てなかった俺が、今やこの世界の頂点に君臨しているような気分だ。
「さあて、真緒菜をどう調理してやるかな……」
俺は肌触りの良い高級なバスタオルで体を拭き、用意されていたシルクのガウンを羽織った。
リビングに戻ると、真緒菜は俺の命令通り、ソファの脇で膝を抱えて小さくなっていた。
「待たせたな。次は君の番だ。綺麗にしてこい」
「あ……はい……」
真緒菜はビクッと肩を震わせ、立ち上がると、逃げるようにバスルームへと向かっていった。
バタン、と脱衣所のドアが閉まる音を確認し、俺は再び革張りのソファに深く腰を下ろした。
「……ん?」
ワイングラスに手を伸ばそうとした時、ローテーブルの隅に置かれたスマートフォンが目に留まった。
真緒菜の私物のスマホだ。
(あいつ、俺の前でスマホを置きっぱなしにするなんて、本当に警戒心がなくなったんだな。完全に飼い慣らされた証拠だ)
俺は歪んだ笑みを浮かべ、無造作にそのスマホを手に取った。
画面をタップすると、パスコードの入力画面が表示される。
普段なら他人のスマホのロックを解除するのは手間がかかるが、今の真緒菜なら、俺が少し問い詰めれば泣きながらパスワードを教えるだろう。
だが、俺はふと悪戯心を起こし、適当な数字を打ち込んでみた。
彼女の誕生日、会社の社員番号……弾かれる。
次に、何気なく俺自身の誕生日である「0915」と入力してみた。
――カチャッ。
あっさりとロックが解除され、ホーム画面が表示された。
「……ははっ!」
俺は思わず声を上げて笑った。
間違いない。こいつ、自分のスマホのパスワードを、俺の誕生日に設定していたのか。
「あの鉄面皮女、俺に脅されて怯えているふりをしながら、頭の中は俺のことでいっぱいじゃないか。完全にゾッコン状態だな」
復元データの中に見つけた大量の俺の隠し撮り写真。そして今回のパスワード設定。
真緒菜がどれほど俺に歪んだ執着と好意を抱いているかが、手に取るようにわかる。
自分の好意を寄せる男に弱みを握られ、支配され、怯えながらも服従することに、彼女自身も無意識のうちに悦びを感じているのだろう。
本当に滑稽で、都合のいい女だ。
俺は圧倒的な優越感に浸りながら、彼女のスマホの画面をスクロールし始めた。
(さて、この従順なオモチャは、俺の知らないところでどんな健気なことを書き込んでいるのかな……)
俺は軽い気持ちで、ホーム画面にあったカレンダーアプリのアイコンをタップした。
それが、俺の築き上げた完璧な支配という幻想を、根底から破壊する本物のパンドラの箱だとは夢にも思わずに。




