第3話 パンドラのゴミ箱
「さて、今回はどんな本性が眠っているかな」
俺はパソコンの画面に向かい、愛用している強力なデータ復元ソフトを立ち上げた。
対象ドライブを選択し、「ディープスキャン」の復元ボタンをクリックする。
画面上にプログレスバーが現れ、ゆっくりとパーセンテージが上がり始めた。
2テラバイトの容量を隅々までスキャンするには、相当な時間がかかる。このままパソコンを動かしたまま、一晩放置する必要があるだろう。
「時間がかかりそうだな。よほど大量のデータが眠っているらしい。楽しみだ」
俺はコンビニ弁当のハンバーグを口に運びながら、ニヤリと笑った。
復元作業が終わるまでの暇つぶしとして、俺はパソコン内の別のフォルダを開いた。
そこには、過去にこうして他人のハードディスクから復元し、保存しておいた違法・グレーな覗き見ファイル群、通称「パンドラのゴミ箱」が詰まっている。
「今日はどれを肴に飲むかな」
フォルダの一つをダブルクリックする。
開いたウィンドウには、どこにでもいるような若いカップルの写真が大量に並んでいた。
遊園地でお揃いのカチューシャをつけて笑顔でピースサインをする二人。おしゃれなカフェで、季節限定のパンケーキを前に微笑み合う姿。
「幸せそのものって感じだな。SNSの裏垢にでもアップして、リア充アピールをしていたんだろう」
俺は鼻で笑いながら、写真フォルダのすぐ下にある、隠し属性のつけられた動画ファイル群にカーソルを合わせた。
再生ボタンを押すと、画面に映し出されたのは薄暗いベッドルームだった。
アングルからして、明らかに天井の煙探知機か何かに偽装された小型カメラによる盗撮映像だ。
映っているのは、先ほどの幸せそうな写真に写っていた男。そして、何も知らずにベッドで乱れ、喘いでいる彼女の姿だ。
「何度見ても傑作だよな、これ。表向きは誠実で優しい彼氏を演じておきながら、裏では彼女に内緒でこんなカメラを仕掛けて、毎晩の営みを録画して楽しんでたわけだ」
俺はビールを煽りながら、画面の中の滑稽な男を嘲笑った。
「人間なんて、どいつもこいつも裏ではこんなもんさ。善人面してる奴ほど、こういうドス黒い性癖を隠し持ってる」
その優越感に浸りながら、ふと、今日の昼間に俺を完膚なきまでに論破してきた同期の顔が脳裏をよぎった。
網代真緒菜。
黒髪のひっつめ髪に、地味な銀縁眼鏡。化粧っ気のない堅物スタイル。
『利益率改善を謳う本企画の根幹に関わる微小な不備ですが、いかがお考えですか』
感情の起伏を一切感じさせない、あの冷徹な声。
「それに引き換え、あいつは……」
俺は空になったビールの缶を握りつぶした。
「あんな隙のない鉄面皮女のパソコンなんて、覗いたところでどうせエクセルのマクロで組んだ家計簿か、お堅いニュースサイトの閲覧履歴しか出てこないんだろうな」
想像するだけで退屈だ。あいつには、こういうドロドロとした人間の裏側すら存在しないのではないかと思える。
いつか、あのすました顔を恐怖と屈辱で歪ませてやりたい。そんな妄想を抱きながら、俺は次の缶ビールを開けた。
気がつけば夜は深く更けていた。
画面上の復元ソフトのプログレスバーは、まだ半分にも達していない。
「今日はこのまま寝るか。明日の朝が楽しみだ」
俺はパソコンを起動したままベッドに横たわった。
明日、このハードディスクからどんな他人の恥部が暴き出されるのか。
その期待感に胸を躍らせながら、俺は深い眠りについた。
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翌朝、アラームの音で目を覚ました俺は、真っ先にパソコンのモニターを確認した。
「まだ終わってないのか……」
画面上のプログレスバーは、九十五パーセントの付近でじりじりと足踏みをしている。一晩稼働させても終わらないとは。よほど大量のデータが眠っているらしい。これだけの大容量、どんなドロドロとした欲望が詰まっているのかと思うと、俺はさらに楽しみになった。
後ろ髪を引かれる思いでスーツに着替え、俺は家を出た。
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東都フーズ本社、第二開発部のフロア。
昼休みを告げるチャイムが鳴り響くと、オフィスに張り詰めていた緊張感がわずかに緩む。俺たち第二開発部は、激戦区であるチルド・簡便調理食品を担当する花形部署であり、社内で最もプレッシャーと注目が集まる場所だ。
「亜久嶋主任、お昼ご一緒しませんか?駅前に新しくできたイタリアン、気になってたんです」
後輩の女子社員たちが、連れ立って俺のデスクに声をかけてくる。
「ああ、いいね。午後のミーティングに向けて、美味しいものでも食べてリフレッシュしようか」
俺は完璧な営業スマイルを貼り付け、優秀な主任として振る舞いながら彼女たちに同行した。
ランチタイムの話題は、もっぱら社内の噂話や、現在進行中のプロジェクトの愚痴だ。
「それにしても、網代主任って本当に隙がないですよね。今朝も他部署の担当者をロジックでボコボコに詰め寄ってて、見てるこっちが胃が痛くなりましたよ」
パスタをフォークで巻き取りながら、後輩の一人が声を潜めた。
「まあ、彼女は仕事に厳格だからな。品質を守るためには必要なプロセスだよ」
俺は表面上は網代をフォローしつつ、内心では昨日の屈辱を思い出して舌打ちをした。
あんな可愛げのない鉄面皮女、そのうち誰かに足元をすくわれればいい。
会話を適当に合わせながらも、俺の頭の中は自宅のパソコンで稼働し続けているあのハードディスクのことで一杯だった。あの「パンドラのゴミ箱」にどんな他人の恥部が眠っているのか。
誰かの不倫の証拠か?それとも、横領などの犯罪の記録か?あるいは、人には言えないような異常な性癖の動画フォルダか。
想像するだけでウズウズしてしまい、早く帰宅したくてたまらず、俺は自分の腕時計を何度もチラリと確認した。
まだ十三時前。定時まであと四時間以上もある。これほど時間の進みを遅く感じたのは久しぶりだった。




