第2話 掘り出し物
ネオンが眩しい秋葉原のメインストリートを抜け、薄暗い路地裏へと足を踏み入れる。表通りのメイドや観光客の喧騒が嘘のように遠ざかり、怪しげなパーツショップや雑居ビルが立ち並ぶエリアだ。
その一角に、俺の行きつけであるジャンクパーツ店「タカミヤ電脳堂」はある。
色あせた看板と、外まで溢れ出ている得体の知れないジャンク品の山。
店内に入ると、独特の半田ごてと埃の匂いが鼻を突いた。
「いらっしゃい。お、なんだ亜久嶋さんか。今日はスーツのままでご来店とは、よほど仕事でイライラすることがあったと見えるな」
カウンターの奥でタバコの煙を燻らせながら、白髪交じりの無精髭を撫でる男。店主の高宮耕三だ。使い古した作業着姿で、適当で金にがめつい親父だが、俺の「趣味」を察しつつも深く干渉してこない、都合のいい男だった。
「勘弁してくれよ、耕三さん。こっちは毎日、軽薄な同僚や上司に囲まれて神経すり減らしてるんだ」
「エリートの会社員様は大変だな。お前さんみたいに、人当たりよく愛想振りまいてる奴ほど、腹の中にはドス黒いもん溜め込んでいるだろうがな」
「人聞きの悪いことを言うなよ。俺はただ、ストレス社会を生き抜くための、ささやかなエンターテイメントを求めてるだけさ」
「へっ、よく言うぜ。で、今日はどんなのがお好みで?」
「そうだな。今日の昼間、職場でちょっとムカつく堅物女に恥をかかされてね。そいつの顔を忘れられるような逸品が欲しい気分なんだ」
「堅物女ねえ。お前さんを言い負かすとは、大したタマじゃないか」
耕三はニヤリと笑い、灰皿にタバコを押し付けた。
「まあいい。ちょうど今朝、変な掘り出し物が入ってね」
「掘り出し物?耕三さんがそう言うってことは、かなり期待していいんだな」
「ああ。ほら、これだ」
カウンターの下からゴソゴソと取り出されたのは、銀色のむき出しになった3.5インチのハードディスクドライブだった。
ラベルを見ると、俺が好んで狙う特定のメーカーの型番で、容量も2テラバイトと申し分ない。
「状態は良さそうだな。で、出どころは?」
「パソコンの事をほとんど何も知らない若い子が、直接ここに売っていったんだよ。データ消去ソフトの存在すら知らねえような素人っぽかったぜ」
「ほう……」
「ゴミ箱を空にしただけで完全に消えたと思い込んでる、よくあるパターンさ。しかも、この大容量だ。中身がスッカラカンってことはねえだろうよ」
耕三の言葉に、俺の胸の奥でどす黒い好奇心が鎌首をもたげた。
「素人娘の大容量ハードディスクか。そいつは確かにそそられるな」
「だろ?お前さんの好みにドンピシャだと思って、店頭に出さずに取っておいたんだ」
「恩に着るよ。で、いくらだ?」
「ジャンク品扱いで八千円ってとこだが、お前さんには特別に五千円で売ってやるよ」
「足元を見てるな。まあいい、これで今日の鬱憤が晴れるなら安いもんだ」
俺は財布から五千円札を引き抜き、カウンターに置いた。
耕三は手際よくハードディスクを静電気防止用のプチプチに包み、茶色い紙袋に入れて俺に差し出した。
「毎度あり。中身がハズレでも返金はしねえからな」
「わかってるさ。それじゃ、また来るよ」
「ああ、気をつけて帰りな。それと、あんまり他人の秘密に深入りしすぎるなよ」
「余計なお世話だ」
紙袋を受け取り、店を出る。
夜の秋葉原の風が火照った顔を撫でた。手の中にあるハードディスクの重みが、妙に心地よかった。
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自宅のマンションに帰り着くと、俺は玄関で靴を脱ぎ捨て、首を絞めつけていたネクタイを乱暴に引き抜いた。
スーツの上着をソファに放り投げ、真っ先にバスルームへ向かう。
熱いシャワーを浴びて、オフィスで身にまとっていた「爽やかなエリート社員」という偽りの着ぐるみを洗い流す。
「ふぅ……生き返るな」
バスタオルで髪を拭きながらリビングに戻ると、俺は冷蔵庫からよく冷えた缶ビールを取り出した。
帰り道にコンビニで買ってきたハンバーグ弁当を電子レンジで温め、ローテーブルの上にセッティングする。
ビールを開け、喉を鳴らして一気に流し込んだ。
「さて、と……」
俺は紙袋から、購入したばかりのハードディスクを取り出した。
この瞬間がたまらない。はたから見れば、宝箱を開くようなワクワクした子供のように見えるだろう。
専用のクレードルにガチャリと差し込み、パソコンのUSBポートに繋ぐ。
電源を入れると、ハードディスク特有のウィーンという駆動音が静かな部屋に響いた。
第一関門突破。動きさえすれば、時間をかければどうにでもなる。
俺の趣味は、こうして他人の削除済みプライバシーを復元し、鑑賞することだ。
ただし、他人のクレジットカード情報を盗み見て悪用したり、パスワードを抜き取って金銭を要求したりするような、三流の犯罪者になるつもりは毛頭ない。
俺が求めているのは、もっと純粋なものだ。
周りの目がない個人のパソコンの中身というのは、言うなればその人間の「脳内」そのものだ。
そこには、社会的な倫理や道徳、建前といったすべての縛りから解放された、人間の生々しい欲望や本性が保存されている。
インターネットの閲覧履歴、購入履歴、そして隠しフォルダの奥底に眠る画像や動画。
それらを見るだけで、その人物の人となりや本心を丸裸にすることができる。
俺にとってこれは、安全な場所から他人の人生の裏側を覗き見下ろす、極上のエンターテインメントなのだ。




