第28話 直後の非常階段
「テスト販売のデータを踏まえ……っ、品質を向上させるための、改良版のパッケージング案を……っ」
息も絶え絶えになりながらも、彼女は完璧なデータを提示し続けた。その異様な様子に、役員たちが顔を見合わせる。
「網代主任……君、顔が真っ赤じゃないか。ものすごい汗だぞ」
「もしかして、体調が悪いんじゃないのか?無理をして出社したのでは……」
役員たちの的外れな心配の声に、俺は吹き出しそうになるのを必死に堪えた。
体調不良なわけがない。彼女は今、役員たちの目の前で、股間に仕込まれたオモチャの強烈な快感に悶えているだけなのだ。
「……ご心配をおかけして、申し訳ありません……っ。ですが、亜久嶋主任のこの素晴らしい企画は……コスト管理責任者である私の、責任において……必ず、最後まで……っ」
真緒菜が震える声でそう言い切ると、役員たちの間に感嘆のどよめきが広がった。
「なんと……高熱を押してまで、これほど完璧なプレゼンを仕上げてくるとは」
「さすがは我が社のエースだ。その責任感と執念、見事としか言いようがない」
役員たちが次々と深く頷き、彼女への社内評価がみるみるうちに上がっていく。
滑稽すぎる。会社の中枢である役員たちの前で、隙のないエリート女の身体を自分だけが密かに支配し、弄んでいる。
俺はその圧倒的な優越感に、心底酔いしれていた。
+++
「はぁ……っ、あぁっ……はぁ……!」
会議が終了した直後。
誰もいない非常階段の踊り場に逃げ込んだ真緒菜は、コンクリートの床に崩れ落ちるようにへたり込んだ。
俺がゆっくりと扉を開けて近づくと、彼女は荒い息を吐きながら、涙目で俺を見上げた。
「お疲れ、真緒菜。役員たちから大絶賛だったじゃないか」
「あ、亜久嶋さん……っ、もう、これ以上は……」
「まさか、あの極限状態で最後までプレゼンをやり遂げるとはな。君のその鉄面皮とプライドの高さには、本当に恐れ入るよ」
俺がしゃがみ込み、彼女の顎を掴んで冷酷に告げると、真緒菜は屈辱と絶望に染まった顔で、小さく頷いた。
「はい……私は、亜久嶋さんの……オモチャです……っ」
「いい子だ。最後までよく耐え抜いたな。そんな従順で頑張った俺のオモチャには、特別な褒美をあげよう」
俺は床に突っ伏した真緒菜の肩を掴んで強引に抱きかかえると、手元のスマートフォンを操作した。
振動を止めるどころか、アプリの安全ロックを外し、最大出力のさらに上――限界突破の最高出力へと設定してやった。
「ああっ……!?いっ、ひぃいっ……!」
けたたましい作動音と共に、真緒菜の体が弾け飛ぶように大きく跳ね上がった。彼女は俺の腕の中で、狂ったように激しく悶え始める。
限界を超えた快感に白目を剥きそうになる彼女の顔を両手で固定し、俺はその震える唇を荒々しく塞いだ。
「んっ……!んんっ……!!」
いつ誰がこの防音扉を開けて入ってくるか分からない、会社内の非常階段。その極限のスリルと背徳感が最高のスパイスとなって、俺の理性を焼き切っていく。
俺は彼女の唇を蹂躙し、無理やり舌をねじ込んだ。
すると――ただ抵抗もできずに犯されるだけだと思っていた真緒菜が、予想外の反応を見せた。
「んっ……はぁっ……ちゅ……っ、んちゅ……」
彼女は俺の背中に両腕を回し、すがりつくように強く抱きしめ返してきたのだ。そして、俺の口内に自ら積極的に舌を侵入させ、貪り、吸い付くように激しくやり返してきた。
グレーのスーツを着た鉄面皮のエリート女が、股間の強烈な振動に身をよじらせながら、獣のように俺と舌を絡ませ合っている。
俺たちは完全に理性を失い、暗い踊り場で互いをむさぼるように、時間が経つのも忘れて、熱く激しい口づけを交わし続けた。
コツ、コツ、コツ……。
不意に、下の方の階から誰かが階段を上ってくる硬い靴音が響いてきた。
「……っ!」
その音で一気に我に返った俺は、急いで真緒菜の唇から離れ、スマホの電源を落としてバイブレーターの振動を完全に切った。
力が抜けてへたり込みそうになる真緒菜の腕を引き、無理やり立たせる。
「しっかりしろ。人が来るぞ」
俺は素早く彼女の乱れたグレーのスーツを直し、ブラウスのシワを伸ばした。真緒菜も荒い息を整えながら、必死にいつもの『網代主任』の鉄面皮を顔に貼り付けようとする。
足音がすぐ下の階まで迫ってきた。
俺たちが何食わぬ顔でフロアへ戻る防音扉のドアノブに手をかけた、その時だった。
「待ってください、亜久嶋さん」
真緒菜がスッと俺の前に立ち塞がり、ポケットから折り畳まれたハンカチを取り出した。
「え……?」
「すみません、口紅が……」
真緒菜はわずかに上気した顔で、しかし普段の業務中のような冷静な手つきで、俺の口元にべっとりと付着していた彼女のリップを優しく拭い取ってくれた。
そのあまりにも自然で、甲斐甲斐しい気遣いに、俺は一瞬だけ毒気を抜かれたように立ち尽くしてしまった。
「……あ、ありがとう」
「いえ。行きましょう」
真緒菜はハンカチをしまい、何事もなかったかのように防音扉を開けて、激戦区である第二開発部のフロアへと戻っていった。
俺はその後ろ姿を見送りながら、唇に微かに残る彼女の熱と感触に、サディスティックとは違う得体の知れない高揚感を覚えていた。




