第26話 小型振動器具
月曜日の夕方。
定時を少し過ぎた頃、俺は社内チャットで網代真緒菜に『五分後、十二階の非常階段に来い』と短いメッセージを送った。
薄暗い非常階段の踊り場で待っていると、やがて重い防音扉がゆっくりと開き、地味なグレーのスーツ姿の真緒菜が現れた。彼女は周囲に誰もいないことを確認すると、怯えた小動物のように俺の前に進み出た。
「……亜久嶋さん、こんな所で呼び出して、どうしたんですか?」
「お疲れ、網代。明日の役員会議の準備は万全か?」
「はい。資料の最終チェックも終わりました。第二開発部の命運がかかったプレゼンですから、完璧にこなすつもりです」
「そうか、頼もしいな。うちのエースがそこまで言うなら安心だ」
俺は職場で後輩を労う時と全く同じ、温厚な笑みを浮かべたまま、ジャケットのポケットから小さな黒い小箱を取り出し、彼女の胸元に押し付けた。
「じゃあ、明日はこれも一緒に持っていってくれ」
「……え?これは、何ですか?」
「開けてみろよ」
真緒菜は怪訝そうな顔で小箱を受け取り、ゆっくりと蓋を開けた。
中に収められていたのは、指先ほどの大きさしかないピンク色の流線型の物体だった。
数秒後、それが何であるかを理解した真緒菜の顔から、サァーッと血の気が引いた。
「あっ……こ、これ……っ!」
「最新式の小型バイブレーターだよ。スマートフォンとBluetoothで連動して、遠隔操作ができる優れものだ。ネットで、わざわざ君のために買ってきたんだ」
「な、なんでこんなものを……っ!会社ですよ!?」
「わかってるさ。だから、明日の朝、家を出る前にそれを下着の中に仕込んでこいって言ってるんだ」
俺が冷酷に言い放つと、真緒菜は弾かれたように首を横に振った。
「無理です……っ!そんなの、絶対に無理です!明日は重要な役員会議があるんですよ!?」
「だから面白いんじゃないか。あの厳しい役員どもの前で、鉄面皮の網代主任がどんな顔をしてプレゼンをするのか。俺は今から楽しみで仕方ないんだよ」
「お願いです、それだけは……っ。もし会議中にバレたら、私のキャリアは……っ」
「バレなければいいだけだろ?それとも、あの写真集の画像を今すぐ第一開発部の連中に一斉送信されたいのか?」
俺が十八番の脅し文句を口にすると、真緒菜はビクッと肩を震わせ、唇をギュッと噛み締めた。
銀縁眼鏡の奥の瞳には、恐怖と屈辱の涙が滲んでいる。
「わかってるよな?君は俺の専属タレントで、俺の言うことには絶対服従なんだ。明日の朝、仕掛けてこなかったらどうなるか……言わなくてもわかるね?」
「うぅ……っ」
「返事は?」
「……はい。わかり、ました……」
真緒菜は小箱を握りしめ、震える声で屈服の言葉を絞り出した。
会社では誰よりも隙がなく、俺のミスを容赦なく論破してくるエリート女が、明日は股間に俺のオモチャを仕込んだまま、大勢の前で真面目な顔をして数字を読み上げるのだ。
俺の胸の奥で、どす黒い支配欲とサディズムが甘く沸騰していくのを感じていた。
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翌日、火曜日の朝。
第二開発部のフロアは、午後から控える重要な役員会議に向けて、朝からピリピリとした緊張感に包まれていた。
俺は自分のデスクでコーヒーを啜りながら、出社してくる社員たちに爽やかな挨拶を振りまいていた。
「おはようございます」
フロアの入り口から、いつもと変わらない冷徹な声が響いた。
黒髪のひっつめ髪に、地味な銀縁眼鏡。グレーのスーツを身に纏った真緒菜だ。
「おはよう、網代。今日のプレゼン、期待してるよ」
俺はすかさず彼女に声をかけ、周囲にはわからないように、目線だけで『仕掛けてきたか?』と尋ねた。
真緒菜の足取りがほんの一瞬だけピタリと止まる。彼女の顔には相変わらず感情の起伏はないが、その瞳が微かに揺れ、俺に向かって小さく、一度だけこくりと頷いた。
「ええ、抜かりはありません。感情論ではなく、正確なデータで役員たちを納得させます」
「頼もしいね」
真緒菜はそれだけ言い残し、自分のデスクへと向かった。
しかし、俺の目は誤魔化せない。彼女の歩き方が、普段よりもほんのわずかに不自然だ。太ももを擦り合わせるようにして、股間に仕込んだ異物感に耐えているのが手に取るようにわかる。
俺は自分のデスクに座り、パソコンのモニターの陰でスマートフォンを取り出した。
すでに専用のアプリは起動してある。画面には、真緒菜の下着の中に潜んでいる小型バイブレーターとの接続完了を示すアイコンが点灯していた。
(さて、ちゃんと作動するか、事前調査といこうか)
俺は口角を吊り上げ、アプリの画面上にあるスライダーを、一番下の『弱』のメモリへとゆっくりとスワイプした。




