第23話 ライバルの登場
「もう……もう、亜久嶋さんの言うことなら、何でも聞きます……っ」
暗い地下駐車場に停めたワンボックスカーの中。
俺の腕の中で完全に屈服し、涙声で懇願する網代真緒菜。
その決定的な敗北の言葉を聞いて、俺の腹の底から湧き上がったのは、満足感ではなく、さらなる嗜虐的な欲望だった。
「いい子だ、真緒菜。そうやって素直に服従していればいい」
俺は彼女の涙で濡れた頬を撫でていた手を止め、冷たく言い放った。
「だが、まだ休憩時間じゃないぞ。いつまでそうして泣いているつもりだ?」
「え……?」
パーカーを羽織り、膝を抱えていた真緒菜が、ビクッと肩を震わせて顔を上げる。
「イベントはまだ終わっていない。これからが『アキバ・電脳ナイトフェスタ』の夜の部本番だろ。早くそのぐちゃぐちゃになったメイクを直せ」
「夜の部……っ?また、あの人だかりの中に……行くんですか……?」
信じられないものを見るような目で、真緒菜が俺を見つめ返す。
「当然だ。君は俺の専属タレントで、俺は君のマネージャーなんだからな。大勢のファンが、ナオマ様の夜の姿を待ち望んでいるんだ。ほら、早くコンパクトを出せ」
「うぅ……っ、やだ……もう、恥ずかしいのは……」
「何でも聞くって言ったよな?」
俺がわざとらしく低くドスを効かせた声で囁くと、真緒菜はヒッと短く息を飲み、絶望に満ちた瞳で頷いた。
「……はい。直します……っ」
彼女は震える手でポーチから化粧道具を取り出し、暗い車内で必死にサイバーパンク風の濃いメイクを施し始めた。派手なリップを引き直し、涙で滲んだアイラインを修正していく。
その痛々しくも従順な姿を見下ろしながら、俺は今夜彼女に仕掛ける極上の『公開処刑』のシナリオを思い描き、暗い笑みを漏らした。
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夜のアキバ・スクエアは、昼間とは全く異なる顔を見せていた。
周囲の照明が落とされ、その代わりに色とりどりのネオンサインと、レイヤーたちが身に纏うLEDの光が会場全体を妖しく照らし出している。SF映画のサイバー空間に迷い込んだかのような、熱気と電子音の渦だ。
真緒菜が着ている『電脳星くず☆キララ』の悪役キャラクター、ミス・マーベラの衣装も、本領を発揮していた。
極端に丈の短いへそ出しキャミソールと、太ももからつま先までを覆う網タイツ。その網タイツの結び目に仕込まれた極小のLEDラインが、暗闇の中で蛍光パープルと緑の光を放ち、彼女のグラマラスな肢体をいやらしく浮かび上がらせている。
「ナオマ様ー!夜の部も最高です!」
「LEDの光り方、エロすぎます!」
フラッシュの瞬きが、昼間以上の勢いで彼女に降り注ぐ。真緒菜は俺の監視下で、恐怖と羞恥に耐えながら、必死に悪役の冷徹な笑みを作ってポーズをとっていた。
その時だった。
「あーっ!ナオマ様だぁー!ねえねえ、合同撮影しませんかぁ☆」
ひときわ甲高い、あざとい声が周囲の喧騒を切り裂いた。
カメラの砲列を掻き分けて現れたのは、派手な金髪にギャル風の濃いメイクを施した小柄な女だった。
彼女が着ているのは、蛍光イエローと黒を基調としたサイバーパンク風のアイドル衣装。へそ出しのショート丈パーカーに、光るLEDラインが仕込まれたプリーツスカートとオーバーニーソックス。そして手には、キーボードをイメージした長いステッキを持っている。
『電脳星くず☆キララ』の主人公である天才ハッカー、キララ。
そのコスプレをしているのは、真緒菜を一方的にライバル視している派手系コスプレイヤー、濱岸桃華だ。
「わあ、キララちゃん!」
「ナオマ様とコラボかよ、熱い!」
桃華が自身のファンを引き連れてやってきたことで、周囲のオタクたちの熱狂はさらにヒートアップした。
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「よろしくお願いしまーす☆」とファンに手を振る桃華を見ながら、俺は内心で腹を抱えて笑っていた。
彼女がこうして絶好のタイミングで真緒菜の前に現れ、合同撮影を申し込んできたのは、偶然でもなんでもない。すべては俺が裏で糸を引いた、周到な計画通りだった。
数日前。俺は復元した真緒菜のHDDデータやSNSの動向から、この桃華という女の存在に目をつけていた。
桃華のアカウントは、自撮り写真の加工とブランド品のアピールで溢れており、承認欲求の塊のような女だった。そして何より、イベントで常に話題をかっさらう『ナオマ』に対する強烈な嫉妬心が、そのあざとい投稿の端々から滲み出ていた。
俺は「ナオマの専属マネージャー」を名乗って真緒菜に内緒で桃華のSNSにダイレクトメッセージを送った。
『ナオマが最近たるんでいます。マネージャーとしてお灸を据えたいのですが、桃華さんの協力でドッキリを仕掛けて少し恥をかかせたいのです』
釣針を垂らすと、獲物はすぐに食いついてきた。
ドッキリなどという可愛いものではない。ただ公衆の面前で真緒菜に極限の羞恥を与え、尊厳を粉々に砕くための公開処刑だ。
桃華は内容のえげつなさに気づくこともなく、「ナオマにただ恥をかかせられるなら」と二つ返事で快諾した。俺の指示通りに、小道具のステッキの先端に小型のBluetoothスピーカーを密かに組み込んでくるほど、ノリノリで。
(馬鹿な女だ。承認欲求と嫉妬心に目が眩んで、自分が俺のサディズムを満たすための都合のいい手駒にされていることにも気づいていない)
俺は底知れぬ優越感に浸りながら、マネージャーとして愛想のいい笑顔を顔に貼り付けた。




