第17話 ワンボックスカーの後部座席
「俺の前で、ゆっくりと一回転してみろ」
着替えが終わるのを見計らい、俺は運転席から後部座席の中央へと移動した。シートにどっかりと腰を下ろして見上げるように命令すると、目の前に立つ真緒菜はビクッと肩を震わせた。
「え……?」
「聞こえなかったのか?衣装の細部や、全体のシルエットを確認したいんだ。ほら、早く回れ」
「あ……はい……」
真緒菜は屈辱に顔を歪めながらも、俺に逆らうことはできない。彼女は両腕を胸の前で交差させながら、中央に座る俺の目の前で、ゆっくりとその場で一回転した。
高い天井のワンボックスカーなので、真緒菜が高いヒールを履いて立ち上がっても頭がつかえることはない。
バサリと、真紅の重厚なベルベットドレスの裾が目の前で翻る。
深いスリットの奥から、網タイツに包まれた白い太ももが艶めかしく現れては消えた。普段の地味なグレーのスーツからは想像もつかない、息を呑むようなグラマラスな曲線美だ。
「いいね。じゃあ次は、そのキャラクターのセリフを言ってみろ」
「セリフ、ですか……?」
「ああ。夜の社交界を統べる、高飛車で残忍な吸血鬼の女王様なんだろ?俺を見下して、それらしいセリフを言え。キャラになりきってな」
真緒菜は唇を噛み締め、派手なアイメイクが施された顔を下に向けていたが、やがて覚悟を決めたようにゆっくりと顔を上げた。
右目の目尻にある二つの泣きぼくろが、怯えで微かに震えている。
「……ひ、ひれ伏しなさい、愚かな人間……っ。私の、血の糧となることを……光栄に思いなさい……っ」
震える涙声で紡がれたそのセリフには、高飛車な女王の威厳など微塵もなかった。
「くくっ……はははは!なんだそれ、全然女王様に見えないな。ただの震える小動物じゃないか」
「うぅ……っ」
「ひれ伏すのはお前の方だ。ほら、女王様。その恰好のまま、俺の靴紐を結び直せ」
俺はそう言い放ち、革靴を履いた俺の足を無造作に突き出した。
「え……あ……」
「早くしろよ。それとも、同期という対等な俺の靴紐は結べないか?」
真緒菜は抗議の言葉を飲み込み、ゆっくりと、震える膝を車の汚れた床についた。
胸元が大きく開いたブラックレースのコルセットが、彼女がしゃがみ込むことでさらに強調され、豊かな谷間が俺の眼下に無防備に晒される。
真緒菜が震える指先で俺の靴紐に触れようとした、その時だった。
「ねえ、お昼何食べるー?」
「あそこのフードコート、ラーメン美味しいらしいよ!」
「あ、この車デカいねー。車中泊によさそうね」
車のすぐ外側、ほんの数十センチ先の距離を、楽しげに談笑する家族連れが通り過ぎていく。
「ひっ……!」
真緒菜は小さな悲鳴を漏らし、弾かれたように手を引っ込めて身をすくませた。
車の窓には濃いスモークガラスが貼られているため、外から中の様子は見えない。だが、すぐ真横を他人が通り過ぎていく気配や声は、薄いガラスと鉄板一枚越しに痛いほどリアルに伝わってくる。
「……外から見られるかもしれないぞ?もし誰かがふざけて車のドアノブを引いたら、どうなるだろうな。この破廉恥なドレス姿、コスプレとは無縁な一般客の目に晒されることになるぞ」
「やめ、やめてください……っ、おねがい……」
「なら早く結べ。グズグズしていると、余計に時間がかかるぞ」
俺が冷酷に言い放つと、真緒菜は恐怖と極度の羞恥に震えながら、再び俺の足元へと顔を近づけた。外からの足音が近づくたびに、彼女の肩はビクンと大きく跳ね、その瞳からは大粒の涙が溢れ出しそうになっている。
「もっと丁寧に結べ。蝶々結びのバランスが悪い」
「すみません……っ」
「滑稽だな、網代主任。カルミラってキャラクターは、気に入った人間を自室に監禁して溺愛する、高飛車で傲慢な女王様なんだろ?」
「あっ……うぅ……っ」
「なのに、今の君はどうだ。会社ではあんなに偉そうに俺を論破してくるエリート女のくせに、今はこうして、俺の足元に這いつくばって靴紐を結んでいる。哀れな奴隷そのものじゃないか」
俺の言葉責めに、真緒菜は屈辱に耐えるようにギュッと唇を噛み締めた。
「返事は?キャラ設定のまま、俺に仕えろよ。女王様」
「……っ、はい……ごしゅじん、さま……っ」
真緒菜はぽろぽろと涙をこぼしながら、震える指先で懸命に俺の革靴の紐を解き、再び結び直していく。
大きく開いた胸元が俺の足の甲に触れんばかりの距離で揺れ、妖艶な真紅のドレスが車の薄汚れたフロアマットに擦れて汚れていく。
こんなにも気高く美しい美術品を、俺の手で徹底的に汚し、壊し、精神的に踏みにじっている。
「……よし、よくできた」
真緒菜が靴紐を結び終えると、俺は満足げに彼女の頭をポンポンと撫でた。
真緒菜は怯えた表情のまま、力なく俺を見上げて小さく頷く。
ああ、たまらない。
俺の胸の奥で、全てを支配しているという圧倒的な全能感が、甘い麻薬のように脳髄を痺れさせていく。
『歴史的価値のある高価な美術品を少しずつ少しずつ。粉々になるまで壊していく感覚』
俺は絶対的な優越感に酔いしれ、深くシートに背中を預けた。
「さあ、着替えが終わったなら、出発するぞ。これからも、俺の指示通りに動くんだ。わかってるな?」
「はい……亜久嶋さんの、言う通りに……します」
彼女は俺の命令一つで、どんな破廉恥な姿にもなり、どんな屈辱にも耐える。もう俺なしでは、彼女の裏の顔は成立しない。
この日から、真緒菜は俺のドS心を満たし続ける従順なオモチャとなった。
週末になるたびに「マネージャー業務」と称して彼女を呼び出し、二人きりで過ごす歪んだ関係。
それはやがて、俺にとっても彼女にとっても、抜け出せない「日常」へと変わっていくのだった。




