第13話 スーツの下
月曜日の朝。
東都フーズ本社の第二開発部フロアは、週明け特有の重苦しい空気と、激戦区であるチルド食品部門ならではのピリピリとした緊張感に包まれていた。
社員たちがパソコンのキーボードを叩く音や、電話の応対の声が響く中、俺――亜久嶋大輝は、自分のデスクでコーヒーを啜りながら、極上の気分でその日の業務を始めていた。
「おはようございます」
フロアの入り口から、抑揚のない冷ややかな声が聞こえてきた。
視線を向けると、同期の網代真緒菜が出社してきたところだった。
いつも通り堅苦しいグレーのスーツでグラマラスな体型をすっぽりと隠し、銀縁眼鏡の奥から感情の読めない視線を向けてくる。相変わらずの鉄面皮だ。いつもと全く変わらない、隙のない堅物エリート社員の姿だ。
周囲の社員たちも「おはようございます、網代主任」と、どこか腫れ物に触るような、畏まった態度で挨拶を返している。
だが、俺の目には、彼女のその堅苦しい姿が滑稽で仕方なかった。
――昨日の夜、俺は『専属マネージャー』としての最初の仕事として、真緒菜のスマホに一つの命令を下していた。
『明日の出社時、コスプレ衣装のパーツを、スーツの下に着てこい』
指定したのは、彼女の復元データの中にあった『神聖機巧ヴァルキリー』のシルフ・Type-09の衣装だ。白とネオンピンクを基調とした、下半身の布地がほとんど存在しない超ハイレグのレオタード型バトルスーツ。
真緒菜からは『会社にバレたらどうするんですか、どうか勘弁してください』と悲痛な返信が来たが、俺が『あの写真集の画像を第一開発部の部長に送るけどいい?』と一言返すと、すぐに『……わかりました。従います』と屈服のメッセージが届いた。
「おはよう、網代。今週も『クイック・シェフ』の件で忙しくなりそうだね」
「おはようございます、亜久嶋主任。ええ、午後の役員会でのプレゼン、抜かりなく準備は整っています。感情論ではなく、正確なデータで彼らを納得させるつもりです」
俺が爽やかな営業スマイルで声をかけると、真緒菜は立ち止まり、いつも通りの冷徹な声で返答した。
だが、俺は見逃さなかった。
彼女の銀縁眼鏡の奥の瞳が、俺と視線を合わせた瞬間、怯えと羞恥でわずかに揺れたことを。そして、グレーのジャケットの下の白いブラウスの胸元が、いつもより浅く、しかし激しく上下していることを。
間違いない。着てきている。
あの堅苦しいスーツの下に、素肌に直接、ネオンピンクの超ハイレグのレオタードを食い込ませているのだ。
上着のジャケットを着ている限りは外からは全く見えないが、彼女の肌には今、あの破廉恥な布地が密着している。
俺は湧き上がるどす黒い笑いを必死に押し殺し、「頼りにしてるよ」と優しく微笑み返した。
+++
午前十時。
オフィスは本格的に業務の熱を帯び始めていた。
俺は自分のデスクから少し離れた位置に座る真緒菜の背中を、ねっとりとした視線で観察していた。
「あー、今日はなんだか蒸し暑いな。空調の効きが悪いんじゃないか?」
俺はわざとらしく周囲に聞こえるように独り言を言いながら、自分のスーツのジャケットを脱いで椅子の背もたれにかけた。
周囲の若手社員たちも、「確かに少し暑いですね」と同調し、次々と上着を脱ぎ始める。
俺は真緒菜の様子を横目で窺った。
真緒菜はパソコンのモニターを睨みつけながら、じっと暑さに耐えているようだったが、額にはうっすらと汗が滲んでいる。
無理もない。ただでさえ緊張感で汗をかく職場で、通気性の悪いコスプレ用の厚手のレオタード生地を中に着込んでいるのだ。蒸れないはずがない。
やがて、限界が来たのか、真緒菜は周囲を素早く見回した後、そっとグレーのジャケットを脱ぎ、ブラウス一枚の姿になった。
「……ふっ」
俺は口元を片手で覆い、笑いが漏れるのを防いだ。
白いブラウス一枚になった真緒菜の背中や肩口。
遠目にはただの下着が透けているようにしか見えないかもしれないが、俺にははっきりとわかった。目を凝らせば、真っ白なシャツの下から、うっすらとネオンピンクの鮮やかなラインが透けて見えているのだ。
あの下には、間違いなくシルフ・Type-09の超ハイレグが隠されている。
俺は真緒菜の視界に入るように、わざとらしく立ち上がり、キャビネットの資料を探すふりをして彼女の斜め前方の位置に移動した。
そして、真緒菜がふと顔を上げた瞬間、バッチリと視線を合わせた。
ビクッ、と真緒菜の背筋が、目に見えて強張った。
俺は誰にも見えない角度で、自分の胸元を指差し、クイックイッと「めくってみろ」というジェスチャーをした。
「……っ!」
真緒菜は信じられないものを見るような目で俺を見つめ、小さく首を横に振った。
『ここでですか?無理です、誰かに見られます』
声に出さなくても、彼女のその怯えた表情がそう訴えかけている。
しかし、俺は一切の容赦なく、冷ややかな笑顔のままもう一度同じジェスチャーを繰り返し、ポケットの中のスマートフォンを少しだけ取り出して軽く叩いて見せた。
『非常階段で撮影した画像をばら撒くぞ』という無言の脅しだ。
真緒菜は顔を真っ赤に染め、唇をギュッと噛み締めた。
彼女は周囲の社員たちが自分のパソコン画面に集中していることを何度も警戒しながら確認し、震える手をゆっくりとブラウスの胸元へと伸ばした。
第一ボタン、第二ボタンが外される。
真緒菜は周囲を警戒し、俺の方を涙目で見つめながら、ブラウスの隙間をわずかに広げた。
真っ白な谷間の上に、ネオンピンクとクリア素材のサイバーな装飾が施されたレオタードの胸元が、はっきりと顔を覗かせた。




