第9話 悪役令嬢は泣いて笑う
「……それを、“嫉妬”と呼ぶのではありませんか」
リリアーナの言葉に。
アルヴェインは完全に停止した。
静寂。
長い沈黙。
外で聞き耳を立てている保護者会メンバーも息を呑む。
「止まりましたわね」
王妃が小声で言う。
「止まりましたねぇ」
公爵夫人も頷く。
セレスだけが青ざめていた。
「ここから変な方向へ逃げる可能性ありますからねあの人!!」
信頼がなかった。
一方、応接室では。
アルヴェインがゆっくり口を開く。
「……嫉妬」
初めてその言葉を、自分の感情へ当てはめた。
ずっと認められなかったもの。
認めたくなかったもの。
王太子がそんな感情で振り回されるなど、未熟だと思っていた。
だが。
もう誤魔化せない。
「……そう、なのかもしれない」
リリアーナの呼吸が止まりそうになる。
アルヴェインは苦しそうに眉を寄せた。
「君が他の男へ笑いかけるたび、落ち着かなかった」
静かな声。
「誰にも見せたくないと思った」
リリアーナの頬がさらに赤くなる。
「私だけを見てほしいと……思っていた」
その瞬間。
外で聞いていた公爵が壁へ頭を打ちつけた。
「娘が口説かれている!!」
「落ち着いてくださいあなた」
「無理だ!!」
国王が真顔で言う。
「気持ちは分かる」
「陛下まで!?」
保護者会、騒がしい。
一方。
リリアーナは完全に限界だった。
胸が苦しい。
熱い。
頭が真っ白になる。
だって。
ずっと分からなかった。
嫌われているのかと思っていた。
自分だけが苦しいのだと。
なのに。
目の前の人は。
同じ顔をしている。
「……ずるいですわ」
ぽつり、と声が漏れる。
アルヴェインが顔を上げる。
「リリアーナ?」
「殿下ばかり、そんなこと……」
震える声だった。
抑えきれない感情が滲んでいる。
「わたくしだって」
言葉が詰まる。
泣きそうになる。
でも。
もう、隠せなかった。
「殿下が他の女性へ微笑むたび、苦しかったのです」
アルヴェインの目が見開かれる。
「夜会で女性に囲まれているのを見るたび、胸が痛くて……でも未来の国王なのだから当然だと、自分へ言い聞かせて……」
リリアーナは唇を噛む。
ぽろり、と。
涙が落ちた。
「なのに殿下は、急に冷たいことを仰るから……っ」
アルヴェインの顔色が変わる。
「リリアーナ、私は――」
「嫌われたのだと思いました……!」
とうとう感情が溢れた。
涙が止まらない。
リリアーナは泣きながら笑った。
「嫌いになれたら楽なのに、全然嫌いになれなくて……!」
その瞬間。
アルヴェインの中で、何かが完全に崩れた。
理性とか。
王太子としての余裕とか。
全部。
「……っ」
気づけば、彼はリリアーナの前へ跪いていた。
外。
「跪いたぁぁぁ!!」
セレス絶叫。
王妃が吹き出す。
「まあ」
国王が腕を組む。
「遺伝だな」
「三時間土下座した人が言わないでください」
侍女長のツッコミが鋭い。
応接室では。
アルヴェインが、震える声で言った。
「嫌うはずがない」
真っ直ぐな瞳。
逃げない視線。
「ずっと、君だけだった」
リリアーナが息を呑む。
「君に嫌われるのが怖くて、失うのが怖くて……だから間違えた」
アルヴェインは苦しそうに笑った。
「情けないな」
「……殿下」
「でも」
一拍。
「もう逃げたくない」
その言葉は、王太子ではなく。
一人の男としての声だった。
「リリアーナ」
名前を呼ぶ。
優しく。
大切そうに。
「君が好きだ」
静かな告白。
けれど。
何より真っ直ぐだった。
リリアーナの瞳から、また涙が溢れる。
でも今度は。
悲しい涙ではない。
「……っ、ずるいですわ」
「すまない」
「本当に、ずるい……」
泣きながら笑う彼女を見て。
アルヴェインも、ようやく笑った。
心の底から。
一方その頃。
外では。
セレスが号泣していた。
「終わったぁぁぁぁぁ!! やっと終わったぁぁぁぁ!!」
「まだ婚約発表が残ってますわよ」
王妃の一言。
セレス、真顔。
「……まだ安心できない?」
「できませんわねぇ」
「うそだろ……」
占星術師の胃痛生活は、まだ終わらなかった。




