表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
毎日来る副校長が、なぜか“会計の瞬間だけ消える”話  作者: おみき
番外編 エピローグを遡って
95/177

特別編 告白

夜の相王子は、昼よりも音が多い。



遠くの車の音。

どこかの家のテレビ。

生活の気配が、途切れない。



その中で。



平泉家の居間だけが、少しだけ静かだった。



「……どうぞ」



父の声で、場が整う。



世古は、座布団の上で姿勢を正す。



綾は、その少し後ろに座っている。



視線は、落としていない。



逃げないと決めている顔だった。



母が、湯のみを置く。



小さな音が、やけに響く。



「……お時間をいただき、ありがとうございます」



世古が、頭を下げる。



丁寧な言い方。



でも。



その奥にあるものは、軽くない。



父が、腕を組む。



「……話があるんだろ」



促すでも、急かすでもない。



ただ、受ける準備がある声。



世古は、一度だけ息を吸う。



そして。



「私は――」



言葉を置く。



「過去に、家族を守ることができませんでした」



部屋の空気が、わずかに変わる。



母の手が、ほんの少しだけ止まる。



綾は、動かない。



父は、目を逸らさない。



「妻と、子どもがいました」



短く。



必要な分だけ。



「……事故か」



父の声は低い。



詰めるでも、責めるでもない。



ただ、確認する。



「……いいえ」



世古は、首を振る。



「私の判断です」



はっきりと。



逃げない。



「……守れた可能性があった」



言葉が続く。



「それでも、私は別の選択をしました」



綾の指先が、わずかに動く。



でも、何も言わない。



「結果として」



一拍。



「守れませんでした」



それで、全部だった。



沈黙が落ちる。



長い。



だが、誰も急がない。



父が、ゆっくりと口を開く。



「……その話を、なぜここでする」



場所を含んだ問いだった。



世古は、迷わない。



「ここで生活されているご家族に対して、お伝えするべきことだと考えました」



相王子。



綾の現実。



その中心で言う意味。



父は、わずかに目を細める。



「……それで」



短く促す。



世古は、続ける。



「綾さんを、好きです」



静かな言葉。



「お付き合いをさせていただきたいと考えています」



頭を下げる。



深く。



それは形式ではなく、意思だった。



父が、息を吐く。



「……重いな」



ぽつりと。



それは否定ではない。



事実の確認。



「軽くはありません」



世古は、即答する。



「軽く扱うつもりもありません」



言い切る。



逃げない。



父が、少しだけ前に身を乗り出す。



「……また同じことが起きたらどうする」



まっすぐな問い。



「守れなかった過去がある」



「その先で、同じ状況になったら」



一拍。



「今度は、守れるのか」



世古は、少しだけ目を伏せる。



ほんの一瞬。



それから、戻す。



「……分かりません」



正直な答え。



逃げない。



「結果は、保証できません」



父の視線が、鋭くなる。



それでも。



世古は続ける。



「ですが」



一度、息を吸う。



「今度は、逃げません」



短い。



でも、揺れない。



「どのような結果であっても」



一拍。



「引き受けます」



その言葉が、静かに落ちる。



母が、ゆっくりと口を開く。



「……あなたは」



優しい声。



「そのことを、ずっと背負ってきたんですね」



世古は、答えない。



答える必要がない。



それが答えだった。



母は、小さく頷く。



「それでも、もう一度誰かと向き合おうとしている」



少しだけ微笑む。



「それは、とても怖いことだと思います」



綾の目が、わずかに揺れる。



母の言葉は、優しい。



でも、逃がさない。



父が、ゆっくりと背を戻す。



「……綾はどう思ってる」



初めて、綾に向けられる。



綾は、少しだけ息を吸う。



時間をかけない。



「……一緒にいたいと思っています」



はっきりと。



迷いは、ない。



父は、その言葉を受け止める。



すぐには、何も言わない。



やがて。



「……そうか」



短く言う。



それから、世古に視線を戻す。



「全部分かった上で来たんだな」



確認。



「はい」



即答。



「なら」



一拍。



「反対はしない」



はっきりと。



その一言で、場が変わる。



綾の肩が、ほんの少しだけ下がる。



母が、静かに頷く。



「ただし」



父が続ける。



「綾を泣かせるようなことがあったら」



少しだけ、目が強くなる。



「そのときは、俺が出る」



短い言葉。



それで十分だった。



世古は、深く頭を下げる。



「承知しています」



それ以上は言わない。



言えない。



窓の外。



相王子の夜は、変わらず動いている。



音も、光も、止まらない。



その中で。



ひとつ、決まったことがある。



それは、特別なものじゃない。



でも。



確かに、現実の中で選ばれたものだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ