番外編 福引って当たるんですね
店内に、少しだけ浮ついた空気が流れている。
レジ横に置かれた、簡易的な福引コーナー。
ガラガラ、と回すやつ。
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「本日までですので、ぜひどうぞー」
同僚が、明るく声をかけている。
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綾は、それを横目に見ながらレジを打つ。
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こういうのは、大体当たらない。
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分かっている。
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それでも。
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少しだけ、気になる。
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「……引きますか?」
気づいたら、そう言っていた。
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目の前にいるのは、世古。
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「……必要ですか」
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いつもの返し。
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「必要かどうかじゃなくて」
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少しだけ笑う。
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「こういうのは、やるものです」
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世古は、ほんの一瞬だけ考える。
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それから、小さく頷く。
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「では」
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手を伸ばす。
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ガラガラ、と回す。
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乾いた音が、店内に響く。
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コトン、と玉が落ちる。
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――赤。
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「……え?」
同僚の声が、少しだけ裏返る。
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「え、ちょっと待って、赤って」
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慌てて掲示を確認する。
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「……一等?」
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その場の空気が、一瞬止まる。
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「一等です!!」
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急に大きな声。
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周りの客が、少しだけこちらを見る。
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綾は、一瞬、意味が分からなかった。
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「……何ですか?」
世古が、静かに聞く。
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同僚が、興奮したまま説明する。
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「家族4人!3泊4日!沖縄旅行です!!」
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「……」
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沈黙。
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綾が、先に吹き出した。
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「ぷっ、ははっ……いや、ちょっと待って」
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笑いが止まらない。
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「なんで当たるんですか」
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「……分かりません」
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世古は、いつも通り。
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それが余計におかしい。
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「いや、そういう人じゃないでしょ」
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「どういう人ですか」
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「当たらない側の人です」
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「そうですか」
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真顔。
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綾は、また笑う。
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「……これ、どうするんですか」
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ふと、現実に戻る。
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家族4人。
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綾は、一瞬だけ考える。
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「……いらないですよね?」
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半分冗談。
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世古は、少しだけ間を置く。
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「必要であれば」
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それだけ言う。
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つまり。
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譲るつもりだ。
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綾は、少しだけ真顔になる。
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「……いや、それは」
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言葉が続かない。
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嬉しい。
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でも。
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簡単に受け取るものでもない。
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「……ちょっと、聞いてみます」
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――夜。
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自宅。
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「沖縄?」
父が、眉をひそめる。
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「旅行?」
母が、少し驚いた顔をする。
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綾は、状況を説明する。
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福引。
一等。
世古。
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途中から、父は黙って聞いていた。
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「……どうするんだ」
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「どうするって」
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少しだけ、言葉に詰まる。
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「行けるなら、行きたいけど」
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正直な気持ち。
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それでも。
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「……あの人のだし」
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父が、少しだけ考える。
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それから、ぽつりと言う。
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「……あいつも来るなら、行く」
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「え?」
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思わず聞き返す。
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「一緒ならな」
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それだけ。
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母も、小さく頷く。
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「うん、それなら」
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綾は、一瞬だけ固まる。
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それから。
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ゆっくりと、笑う。
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「……じゃあ、そう伝えます」
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――次の日。
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「……ということで」
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レジ越しに、世古に伝える。
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「あなたも来るなら、行くそうです」
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ほんの少しの間。
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世古は、静かに聞いている。
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「……そうですか」
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短い返事。
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それから。
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「では、行きます」
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それだけ。
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迷いはなかった。
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綾は、少しだけ笑う。
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「なんか、すごいですね」
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「何がですか」
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「当たるし、行くし」
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「……そうですね」
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少しだけ、間があく。
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「必要だったのかもしれません」
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いつもの言葉。
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それでも。
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今回は、少しだけ違って聞こえた。




