エピローグ
午前の光が、校舎の廊下に静かに差し込んでいる。
北山学園。
整えられた空間の中に、子どもたちの声がやわらかく響いていた。
⸻
「はい、次どうぞ」
白衣の男が、穏やかな声で言う。
井上は、カルテに目を落としながら、淡々と手を動かしていた。
子どもたちは少し緊張した顔で、順番に椅子へ座る。
⸻
「大丈夫、大丈夫」
軽く笑って、安心させる。
その仕草は自然で、無理がない。
⸻
外からは、グラウンドの音が聞こえる。
日常の中に、少しだけ特別な時間が流れていた。
⸻
――別の場所。
⸻
書類の束が、机の上に整然と並んでいる。
ペンが走る音だけが、静かに響く。
⸻
清水は、一枚の書類に目を通し、最後の確認をしていた。
数字。条件。記載事項。
どれも、誤りはない。
⸻
「……これで終わりだな」
小さく呟く。
⸻
借金の整理は、すでに進んでいた。
違法な部分は取り除かれ、
残るべきものは、時間をかけて返されてきた。
⸻
そして今。
⸻
その“残るもの”も、ここで終わる。
⸻
清水は、ペンを置く。
⸻
書類を封筒に入れ、静かに立ち上がる。
⸻
「……届けるか」
⸻
――午後。
⸻
トラックのエンジン音が、学園の裏口に止まる。
⸻
「よし」
荷台の扉が開く。
⸻
山下が、軽々と箱を担ぎ上げる。
中には、食材が詰まっている。
⸻
「こっちでいいんだな」
職員に声をかける。
⸻
「はい、ありがとうございます!」
明るい声が返ってくる。
⸻
山下は、何も言わずに頷く。
⸻
その動きに、無駄はない。
⸻
ただ、運ぶ。
⸻
それだけ。
⸻
それでも。
⸻
その“それだけ”が、確かに誰かを支えている。
⸻
――そして。
⸻
少し時間が流れて。
⸻
静かな会場。
柔らかな光。
⸻
人が集まる。
⸻
壇上に立つ男が、一度だけ息を整える。
⸻
谷河が、マイクを握る。
⸻
「……えー」
少しだけ笑いが起こる。
⸻
「こういうの、あまり得意ではないんですが」
⸻
会場の空気が、やわらぐ。
⸻
「でも」
一度、言葉を切る。
⸻
「二人のことは、よく知っています」
⸻
視線が、まっすぐに向けられる。
⸻
「多くは語りません」
⸻
「ただ――」
⸻
「この二人なら、大丈夫だと、思っています」
⸻
短い言葉。
⸻
それだけで、十分だった。
⸻
拍手が、静かに広がる。
⸻
――そして、最後。
⸻
午後の光が、部屋の中に差し込む。
⸻
小さな声が、かすかに響く。
⸻
「ほら」
綾が、やさしく揺らす。
⸻
腕の中には、小さな命。
⸻
泣きそうな顔が、少しずつ落ち着いていく。
⸻
隣で、世古が静かに見ている。
⸻
何も言わない。
⸻
けれど、その視線は、やわらかい。
⸻
少しだけ手を伸ばし、小さな手に触れる。
⸻
ほんの一瞬。
⸻
それだけで、十分だった。
⸻
少し離れた場所で、二人の姿を見ている人がいる。
⸻
綾の両親。
⸻
何も言わない。
⸻
ただ、静かに笑っている。
⸻
言葉はいらない。
⸻
そこにあるものは、もう伝わっている。
⸻
窓の外。
⸻
風が、ゆっくりと通り抜ける。
⸻
遠くで、子どもたちの声がする。
⸻
同じ音。
⸻
それでも。
⸻
もう、同じではなかった。
⸻
すべては、続いていく。
⸻
それでいい。
⸻
それで、十分だった。




