最終話 第87話 同じ音のままで
自動ドアが開く音で、顔を上げる。
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いつも通りの音。
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変わらないはずの音。
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「いらっしゃいませ」
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声を出す。
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同じ言葉。
同じ動作。
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レジに立ち、バーコードを通す。
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ピッ、という音が、規則正しく響く。
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目の前には、いつもの客。
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特別なことは、何もない。
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それでも。
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この場所に立っている理由は、少しだけ変わっていた。
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「袋、お願いします」
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「かしこまりました」
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自然に手が動く。
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迷いはない。
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前と同じはずの動作。
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でも。
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“選んでここにいる”という感覚がある。
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それだけで、違う。
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会計を終える。
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商品を渡す。
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「ありがとうございました」
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声が、ちゃんと届く。
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レジの前が途切れる。
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ほんの短い時間。
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ふと、息をつく。
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深く吸い込んでも、胸は痛まない。
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それだけで、十分だった。
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自動ドアが開く。
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反射みたいに顔を上げる。
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――誰かが入ってくる。
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知らない客。
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それでも。
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少しだけ、目で追ってしまう。
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違う。
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それでいい。
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綾は、小さく息を吐く。
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考えない方が楽なこともある。
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それでも。
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考えてもいいと思えることもある。
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同じ場所。
同じ時間。
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それでも。
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同じではない。
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バーコードの音が、また響く。
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ピッ、ピッ、と続くリズム。
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その中で。
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ほんの少しだけ、確かに思う。
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ここから、続いていく。
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終わるわけじゃない。
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変わり続ける。
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その中で。
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選び続ける。
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それでいい。
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自動ドアが閉まる。
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音が、静かに残る。
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同じ音。
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それでも。
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もう、同じようには聞こえなかった。




