第85話 触れたもの
夜の部屋は、変わらず静かだった。
テーブルの上には、書類とメモ。
前より少しだけ整っている。
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綾は、その前に座る。
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何をするでもなく、ただ見ている。
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数字。
言葉。
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少し前までは、ただの“分からないもの”だった。
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今は。
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“向き合うもの”になっている。
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「……」
小さく息を吐く。
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完全に理解しているわけじゃない。
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それでも。
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逃げていない。
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それだけで、少し違う。
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ペンを手に取る。
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一つ、数字に線を引く。
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「ここから」
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小さく呟く。
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何かが終わるわけじゃない。
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何かが始まるわけでもない。
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ただ。
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続いていく。
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その中で。
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少しずつ、変わっていく。
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ふと、手を止める。
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頭の中に、あの言葉が浮かぶ。
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――必要なことを、選ぶ
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その意味を、考える。
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難しいことじゃない。
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全部を選ばないこと。
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一つだけ、選ぶこと。
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それを、続けること。
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それだけ。
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それだけなのに。
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今まで、できていなかったこと。
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「……」
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小さく笑う。
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気づいたら、少しだけ楽になっていた。
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何も解決していないのに。
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それでも。
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前よりは、息がしやすい。
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立ち上がる。
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窓を開ける。
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夜の空気が、部屋に入る。
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冷たくて、少しだけ気持ちいい。
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空を見上げる。
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同じ空。
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それでも。
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前とは違う場所から見ている気がした。
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「……これでいい」
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答えじゃない。
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でも。
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間違いでもない。
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そう思えた。




