第84話 言葉にしない距離
店を出る。
夜の空気は、少しだけ乾いていた。
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今日は、まっすぐ帰らない。
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最近、そういう日が増えた。
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理由ははっきりしない。
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ただ、少しだけ遠回りをする。
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それだけ。
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公園の前で、足を止める。
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ベンチ。
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前と同じ場所。
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そして。
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同じように、そこにいた。
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「……こんばんは」
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「こんばんは」
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短いやり取り。
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それだけで、十分だった。
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少しだけ間をあけて、隣に座る。
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距離は、少しだけある。
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でも。
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遠くはない。
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風が通る。
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何も話さない時間。
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前より、長く続く。
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それでも。
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気まずくはない。
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「……最近」
綾が、ぽつりと口を開く。
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言葉を探す。
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うまく言えない。
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それでも。
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「少しだけ、分かる気がします」
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何が、とは言わない。
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それでも。
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伝わる気がした。
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世古は、少しだけ視線を動かす。
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「……何がですか」
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問い返す。
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責めるでもなく、試すでもなく。
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ただ、確かめるように。
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綾は、少しだけ考える。
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「……選ぶっていうこと」
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静かな答え。
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「難しいですけど」
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「でも、前よりは」
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言葉を切る。
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完全な形にはならない。
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それでも。
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「前よりは、ちゃんと考えてます」
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それで十分だった。
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世古は、わずかに頷く。
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「そうですか」
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それだけ。
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それ以上は言わない。
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でも。
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否定もしない。
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風が、少し強くなる。
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夜の空気が、少しだけ動く。
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綾は、ふと空を見る。
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同じ空。
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それでも。
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前とは少し違う。
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「……」
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何か言おうとして、やめる。
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言葉にしない方がいいこともある。
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そう思った。
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しばらくして、世古が立ち上がる。
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「……では」
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「はい」
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それだけで、別れる。
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振り返らない。
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それでも。
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確かに、そこにあった。
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言葉にしない距離。




