第81話 最初の重さ
玄関の扉が開く音がした。
いつもより、少しだけ早い時間。
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「……ただいま」
父の声。
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綾は、部屋から顔を出す。
「おかえり」
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それだけのやり取り。
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父は、靴を脱いで上がる。
動きは、まだ少しだけぎこちない。
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それでも。
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前より、迷いがない。
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テーブルの上に、封筒を置く。
白い封筒。
何の変哲もないもの。
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「……これ」
短く言う。
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それだけで、分かる。
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綾は、ゆっくりと近づく。
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封筒を見る。
触れない。
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「……初めてだな」
父が、小さく言う。
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「何が?」
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「こういう形で、もらうのは」
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一瞬、言葉の意味を考える。
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そして、分かる。
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“給料”。
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綾は、何も言わない。
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父も、何も言わない。
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ただ、その封筒がそこにある。
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それだけで、十分だった。
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「……重いな」
父が、ぽつりと言う。
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封筒を、少しだけ持ち上げる。
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「重い?」
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綾が聞く。
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「金の重さじゃない」
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短く、答える。
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「……責任だな」
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その言葉が、ゆっくりと落ちる。
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軽くはない。
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でも。
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嫌な重さでもない。
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父は、封筒をテーブルに戻す。
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「……少しだけ、減らせる」
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それだけ言う。
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具体的な数字は出さない。
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でも。
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確かに、進んでいる。
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綾は、小さく頷く。
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「うん」
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それだけ。
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それで、十分だった。
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しばらく、二人で座る。
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会話はない。
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でも。
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前とは違う沈黙だった。
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逃げているわけじゃない。
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ただ、同じ場所にいる。
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それだけでいい時間。
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綾は、封筒に手を伸ばす。
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少しだけ、触れる。
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確かにそこにある。
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現実。
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そして。
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ほんの少しの、希望。




