第80話 店の外で
店を出る。
シャッターが半分だけ降りて、
いつもより少しだけ静かな時間。
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夜の空気が、やわらかい。
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少しだけ遠回りをして帰る。
最近、決めたこと。
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同じ道でもいい。
違う道でもいい。
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その日の気分で選ぶ。
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それだけのこと。
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角を曲がる。
小さな公園の前で、足を止める。
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ベンチが一つ。
誰もいない。
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少しだけ、座る。
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風が、ゆっくりと通り抜ける。
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何も考えない時間。
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それでも。
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どこかで、考えている。
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足音が近づく。
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ふと、顔を上げる。
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――あの人だった。
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一瞬だけ、言葉を失う。
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店以外で見るのは、初めてだった。
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同じはずなのに、少しだけ違う。
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「……こんばんは」
先に声が出た。
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「こんばんは」
短い返事。
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少しだけ間があく。
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「……よく通るんですか」
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「たまに」
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それだけの会話。
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それでも。
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レジ越しとは、少し違う。
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距離は、同じくらいのはずなのに。
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少しだけ、近い。
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「……ここ、静かですね」
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「そうですね」
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また、少しだけ沈黙。
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嫌ではない。
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むしろ。
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落ち着く。
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「……」
綾は、少しだけ迷う。
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聞くほどのことでもない。
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でも。
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「……仕事、順調ですか」
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言葉にしていた。
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世古は、ほんの一瞬だけ考える。
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「必要なことは、進んでいます」
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曖昧な答え。
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それでも。
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嘘ではない。
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綾は、小さく頷く。
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「……そうですか」
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それだけ。
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それ以上は聞かない。
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世古も、何も言わない。
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ただ、同じ方向を見ている。
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夜の空。
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変わらないはずの景色。
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それでも。
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今日は、少しだけ違って見える。
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「……最近」
ふいに、世古が言う。
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綾が、少しだけ顔を向ける。
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「歩く道を、変えましたね」
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一瞬、息が止まる。
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どうして分かるのか。
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聞こうとして、やめる。
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「……少しだけ」
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それだけ答える。
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世古は、わずかに頷く。
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「いいと思います」
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短い言葉。
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それだけで、十分だった。
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しばらくして、世古が立ち上がる。
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「……では」
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「はい」
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それだけで別れる。
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振り返らない。
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追いかけない。
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それでも。
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確かに、同じ時間を共有していた。
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綾は、もう少しだけベンチに座る。
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そして。
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ゆっくりと立ち上がる。
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帰り道。
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どちらに進むか、少しだけ迷う。
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それから。
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少しだけ遠回りを選ぶ。




