第79話 少し先のこと
夜は、昨日と同じように静かだった。
テーブルの上には、まだ書類が残っている。
きれいに片付いてはいない。
けれど、散らかったままでもなかった。
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綾は、その前に座る。
ペンを手に取る。
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何を書くわけでもない。
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ただ、考えている。
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少し先のこと。
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大きな未来じゃない。
遠くの話でもない。
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明日。
来週。
来月。
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そのくらいの距離。
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「……どうするか」
小さく呟く。
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答えは、まだない。
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それでも。
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考えることはできる。
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書類に目を落とす。
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数字。
言葉。
難しいことばかり。
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それでも。
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さっきより、少しだけ分かる気がする。
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「……これ」
一つの数字に、丸をつける。
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「ここから、減らしていく」
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小さな目標。
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大きな意味はない。
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それでも。
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何もしないよりは、ずっといい。
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スマートフォンを手に取る。
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メモを開く。
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・毎月いくら払えるか
・無駄を減らす
・仕事を増やせるか
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思いつくままに、書いていく。
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完璧じゃない。
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それでいい。
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ふと、手を止める。
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頭の中に、あの言葉が浮かぶ。
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――必要なことを、選ぶ
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難しい言葉じゃない。
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でも。
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今なら、少しだけ意味が分かる。
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選ぶというのは、
何かを捨てることでもある。
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全部はできない。
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だから。
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今できることを、一つだけ。
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選ぶ。
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「……明日、少し早く行こう」
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ふと、そう思う。
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理由ははっきりしない。
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それでも。
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少しだけ、余裕がある気がした。
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その余裕で、何かが変わるかもしれない。
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ペンを置く。
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書類を重ねる。
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完全には整っていない。
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それでも。
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昨日より、少しだけ前に進んでいる。
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それで、十分だった。




