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第77 もうひとつ
夜の部屋は、静かだった。
照明の下、テーブルの上に紙が広がっている。
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あの封筒。
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開けずにいたもの。
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昨日までは、それでよかった。
見なければ、考えなくていい。
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それでも。
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今日は、少しだけ違う。
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「……必要なことを、選ぶ」
小さく呟く。
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誰に聞かせるでもない言葉。
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指先が、封筒に触れる。
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ほんの少しだけ、ためらう。
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けれど。
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そのまま、開けた。
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中身を取り出す。
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数字が並んでいる。
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やっぱり、分からない。
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でも。
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分からないままにしておく理由も、もうない気がした。
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スマートフォンを手に取る。
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連絡先を開く。
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しばらく迷う。
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そして。
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一つの番号を押す。
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呼び出し音。
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数回鳴って、繋がる。
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「……はい」
父の声。
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「……あの」
少しだけ、言葉が詰まる。
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「これ、少し一緒に見てもいい?」
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沈黙。
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長くはない。
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けれど、重さのある間。
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「……ああ」
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短い返事。
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それだけで、十分だった。
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通話を切る。
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部屋の中が、少しだけ広く感じる。
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何も解決していない。
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借金も、現実も、何も変わっていない。
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それでも。
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“見ないでいる”ことは、やめた。
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それだけ。
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ほんのそれだけで、
少しだけ前に進んだ気がした。




