第76話 ひとつだけ
自動ドアが開く音で、顔を上げる。
ほんの一瞬だけ、息が止まる。
――来た。
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「いらっしゃいませ」
声は、いつも通り。
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その人は、前と同じように店内を歩く。
必要なものを選び、レジに来る。
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「袋、いりません」
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「ポイントカードはお持ちですか」
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「……持っていたことはあります」
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変わらないやり取り。
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バーコードを通す。
ピッ、という音が、静かに続く。
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そのリズムの中で、ほんの少しだけ考える。
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聞くか。
聞かないか。
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前なら、迷わなかった。
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聞かない。
それで終わり。
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でも。
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今日は、少しだけ違う。
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「……どうして」
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気づいたら、口にしていた。
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空気が、わずかに止まる。
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「どうして、あんなことを」
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具体的な言葉は出ていない。
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それでも。
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意味は、伝わる。
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世古の手が、一瞬だけ止まる。
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ほんのわずかな間。
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「……必要だったからです」
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低い声。
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迷いはない。
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それだけの答え。
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綾は、その言葉を受け取る。
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理由としては、足りない。
説明としては、不十分。
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それでも。
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どこかで納得している自分がいた。
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「……そうですか」
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それだけ返す。
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それ以上は、聞かない。
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聞かなくてもいいと思えた。
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会計を終える。
商品を渡す。
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指先が触れる。
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今日は、少しだけ長かった。
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世古は、商品を受け取る。
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そして。
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「……あなたも」
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ふいに、言葉が落ちる。
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綾が顔を上げる。
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「必要なことを、選べばいい」
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それだけ。
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短い言葉。
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けれど。
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どこかで、残る。
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世古は、それ以上は何も言わない。
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自動ドアへ向かう。
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音が鳴る。
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外に出る。
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静かに、閉まる。
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綾は、その場に立ったまま、しばらく動かなかった。
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“必要だったから”
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その言葉を、何度か心の中でなぞる。
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難しいことじゃないのかもしれない。
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ただ。
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選ぶだけ。




