第75話 気づいている人
自動ドアが開く音で、顔を上げる。
ほんの一瞬だけ、息が止まる。
――来た。
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「いらっしゃいませ」
声は、いつも通り。
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その人は、変わらない歩き方で店内に入る。
迷いなく、必要なものを手に取る。
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レジに来る。
同じ距離。
同じ立ち方。
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「袋、いりません」
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「ポイントカードはお持ちですか」
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「……持っていたことはあります」
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変わらないやり取り。
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それでも。
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今日は、少しだけ違う。
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綾は、ほんの少しだけ背筋を伸ばしていた。
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意識しているわけじゃない。
でも、そうなっていた。
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「……お大事に」
自然に言葉が出る。
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その人の手が、一瞬だけ止まる。
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ほんのわずかな間。
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「……ありがとうございます」
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低い声。
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前と同じ言葉。
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それでも。
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少しだけ、柔らかい。
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会計を終える。
商品を渡す。
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指先が触れる。
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今日は、迷いがない。
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その人は、商品を受け取る。
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そして。
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ほんの一瞬だけ、綾を見る。
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長くはない。
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でも。
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確かに、見ていた。
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「……」
何かを言うかのような間。
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けれど。
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「――少し、変わりましたね」
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ぽつりと、落ちる。
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問いではない。
評価でもない。
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ただの事実のような言い方。
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綾は、一瞬だけ言葉を失う。
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何を、どこまで見られているのか。
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分からない。
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それでも。
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否定する気にはならなかった。
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「……少しだけ」
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それだけ返す。
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世古は、わずかに頷く。
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「そうですか」
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短い言葉。
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それ以上は、何も言わない。
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でも。
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それで十分だった。
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自動ドアが開く。
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その人が外に出る。
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音が、静かに響く。
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同じ音。
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それでも。
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少しだけ、違って聞こえる。
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綾は、その場に立ったまま、息をつく。
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“気づかれていた”
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その事実が、不思議と嫌ではなかった。
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むしろ。
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ほんの少しだけ、安心した。




