第72話 知らない場所で
昼過ぎの店内は、少しだけ静かだった。
レジの前に並ぶ人も途切れて、
ほんの短い空白ができる。
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「ねえ、綾」
同僚が、小さな声で話しかけてくる。
「この前さ、学園の人来たって聞いた?」
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「……学園?」
聞き返す。
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「うん、ほら、近くの北山学園」
少し身を乗り出してくる。
「施設のことで、なんか見に来てたらしいよ」
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綾は、何も言わずに聞いていた。
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「用務員さんとか、環境整備?
新しく入れるって話みたい」
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「そうなんだ」
それだけ返す。
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言葉は、それ以上続かない。
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「条件、結構いいらしいよ。
珍しいよね、ああいうの」
同僚は、軽く笑う。
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綾は、小さく頷く。
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それが、どこから来た話なのか。
考えれば、すぐに分かる。
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でも。
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言わない。
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言う必要もないし、
言ってしまうと、何かが変わる気がした。
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「……綾ってさ」
同僚が、ふとこちらを見る。
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「最近、なんかいいことあった?」
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突然の問い。
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「……別に」
少しだけ間を置いて答える。
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「そう?」
同僚は首をかしげる。
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「なんか、ちょっとだけ雰囲気違うから」
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綾は、少しだけ考える。
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違う、という自覚はない。
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それでも。
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「……少しだけ」
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言葉が出る。
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「変わったかもしれません」
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同僚は、よく分からないという顔をして笑う。
「ふーん」
それ以上は聞かない。
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レジに客が来る。
会話は、自然に途切れる。
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「いらっしゃいませ」
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いつも通りの声。
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それでも。
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ほんの少しだけ、違う。
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バーコードを通す。
ピッ、という音が、静かに響く。
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ふと、思う。
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この音は、ここだけのものじゃないのかもしれない。
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知らない場所でも、
同じように、何かが動いている。
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誰かが、気づかないところで。
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そう考えて、すぐにやめる。
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考えすぎると、分からなくなる。
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それでも。
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ほんの少しだけ、確かに思う。
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何かは、ちゃんと繋がっている。




