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毎日来る副校長が、なぜか“会計の瞬間だけ消える”話  作者: おみき
第9章 HOPE ―変わり始める日常―
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第71話 踏み込まない距離

自動ドアが開く音で、顔を上げる。


ほんの少しだけ、息が止まる。


――来た。


⸻


「いらっしゃいませ」


声は、いつも通り。


⸻


その人は、棚の前で立ち止まる。


今日は、商品を手に取るまでに、少しだけ時間がかかった。


ほんの一瞬の差。


けれど、分かる。


⸻


包帯と消毒液。


前と同じ組み合わせ。


⸻


レジに来る。


同じ距離。


同じ立ち方。


⸻


「袋、いりません」


⸻


「ポイントカードはお持ちですか」


⸻


「……持っていたことはあります」


⸻


同じやり取り。


⸻


それでも。


⸻


綾は、ほんの一瞬だけ迷う。


⸻


言うべきか、言わないべきか。


⸻


そして。


⸻


「……お大事に」


⸻


気づいたら、口にしていた。


⸻


空気が、わずかに止まる。


⸻


その人の手が、一瞬だけ止まる。


⸻


ほんのわずかな間。


⸻


「……ありがとうございます」


⸻


低い声。


⸻


前と同じはずなのに、少しだけ違って聞こえた。


⸻


会計を終える。


商品を渡す。


⸻


指先が、少しだけ触れる。


⸻


今度は、冷たくなかった。


⸻


その人は、すぐには動かなかった。


⸻


「……」


何かを言うかのような間。


⸻


けれど。


⸻


「……忙しいですか」


⸻


前と同じ問い。


⸻


綾は、少しだけ考える。


⸻


「……前よりは」


⸻


正確じゃない。


でも、嘘でもない。


⸻


「少しだけ、楽になりました」


⸻


その言葉に、自分で少し驚く。


⸻


世古は、わずかに頷く。


⸻


「そうですか」


⸻


短い返事。


⸻


それでも。


⸻


ほんの少しだけ、安心したように見えた。


⸻


その人は、商品を受け取る。


⸻


そして、今度は立ち止まらない。


⸻


自動ドアへ向かう。


⸻


音が鳴る。


⸻


外に出る、その直前。


⸻


「……それは、よかった」


⸻


小さな声。


⸻


振り返らずに、そう言った。


⸻


ドアが閉まる。


⸻


音が、静かに残る。


⸻


綾は、その場に立ったまま、少しだけ息をつく。


⸻


踏み込んだわけじゃない。


⸻


それでも。


⸻


ほんの少しだけ、距離が変わった気がした。


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