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毎日来る副校長が、なぜか“会計の瞬間だけ消える”話  作者: おみき
第9章 HOPE ―変わり始める日常―
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第70話 触れなかった場所

その人は、いつもと同じように店に入ってくる。


自動ドアの音が、静かに鳴る。


綾は顔を上げる。


――分かる。


理由はない。

でも、分かる。


⸻


「いらっしゃいませ」


声は、いつも通り。


⸻


その人は棚の前で立ち止まる。


手に取ったのは、包帯と消毒液だった。


ほんの一瞬だけ、迷うような動き。


けれど、すぐにそれをカゴに入れる。


⸻


レジに来る。


前と同じ距離。


同じ立ち方。


⸻


「袋、いりません」


低い声。


⸻


「ポイントカードはお持ちですか」


⸻


「……持っていたことはあります」


⸻


変わらないやり取り。


⸻


それでも。


⸻


今日は、少しだけ違って見えた。


⸻


その人の手に、薄く跡が残っている。


新しいものではない。


けれど、消えきってもいない。


⸻


綾は、何も言わない。


⸻


「合計、千四百円です」


⸻


現金が差し出される。


指先が、少しだけ硬い。


⸻


レシートを渡す。


⸻


「……ありがとうございます」


言葉が、自然に出る。


⸻


その人は、ほんのわずかに視線を上げる。


⸻


「……どういたしまして」


⸻


初めて聞く返しだった。


⸻


ほんの一瞬、空気が止まる。


⸻


「……忙しいですか」


ふいに、世古が言う。


⸻


綾は、一瞬だけ考える。


⸻


「……いつも通りです」


⸻


それが一番近い答えだった。


⸻


世古は、わずかに頷く。


⸻


「そうですか」


⸻


それ以上は聞かない。


⸻


その沈黙の中で、ふと気づく。


⸻


その人の目は、どこか遠くを見ている。


今ここにいるのに、

少しだけ別の場所に立っているような。


⸻


「……」


言葉にしようとして、やめる。


⸻


触れてはいけないものがある。


そう思った。


⸻


世古は、商品を受け取る。


⸻


そして、ほんの一瞬だけ、動きを止める。


⸻


「……」


何かを思い出すような間。


⸻


けれど、それは言葉にならない。


⸻


そのまま、外に出る。


⸻


自動ドアが開く。


音が、静かに響く。


⸻


綾は、その背中を見送る。


⸻


前より、少しだけ近く感じる。


⸻


それでも。


⸻


まだ、届かない場所がある。


⸻


そう分かった。


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