第68話 同じ音の中で
自動ドアが開く音で、顔を上げる。
その瞬間、分かった。
――来た。
理由はない。
でも、分かる。
⸻
「いらっしゃいませ」
声は、いつも通りに出る。
けれど、ほんの少しだけ、間があった。
⸻
その人は、前と同じように店内を歩く。
迷いはない。
必要なものだけを選んで、レジに来る。
⸻
「袋、いりません」
低い声。
変わらない。
⸻
「ポイントカードはお持ちですか」
同じやり取り。
同じ言葉。
⸻
「……持っていたことはあります」
⸻
ほんの少しだけ、空気が緩む。
前と同じなのに、前とは違う。
⸻
「……お作りしますか?」
自然に言葉が出る。
前と同じ問い。
でも、少しだけ意味が違う。
⸻
その人は、わずかに視線を上げる。
一瞬だけ、目が合う。
⸻
「いえ」
短く、それだけ。
⸻
それでも、前とは違って聞こえた。
⸻
バーコードを通す。
ピッ、という音が、一定のリズムで続く。
今日は、そのリズムが崩れない。
⸻
「合計、千二百八十円です」
⸻
現金が差し出される。
今度は、指先が触れた。
ほんの一瞬だけ。
⸻
冷たくはなかった。
⸻
レシートを渡す。
動作は、前と同じ。
⸻
それでも。
⸻
「……ありがとうございました」
声が、少しだけ届いた気がした。
⸻
その人は、商品を受け取る。
そして、ほんのわずかに立ち止まる。
⸻
「……」
何か言いかけて、やめるような間。
⸻
「――どうですか」
ふいに、声が落ちてくる。
⸻
「最近」
⸻
短い問い。
けれど、意味は分かる。
⸻
綾は、一瞬だけ考える。
⸻
何が変わったのか。
どう答えればいいのか。
⸻
正しい言葉は、見つからない。
⸻
「……少しだけ」
それでも、口にする。
⸻
「楽になった気がします」
⸻
嘘ではなかった。
⸻
その人は、わずかに頷く。
⸻
「そうですか」
⸻
それだけ。
⸻
それ以上は聞かない。
理由も、経緯も、何も。
⸻
「……ありがとうございます」
気づいたら、そう言っていた。
⸻
言うつもりはなかった。
でも、言葉は自然に出ていた。
⸻
その人は、少しだけ目を細める。
⸻
「あなたの力です」
⸻
前と同じ言葉。
⸻
それでも。
⸻
今度は、少しだけ意味が分かる気がした。
⸻
自動ドアが開く。
その人が外に出る。
⸻
音が、静かに響く。
⸻
同じ音。
⸻
でも。
⸻
もう、同じには聞こえなかった。




