第67話 同じ場所で、少しだけ
自動ドアが開く音で、顔を上げる。
いつも通りのはずの音。
それでも、ほんの少しだけ、やわらかく聞こえた。
理由は分からない。
分からないけれど、前と同じではなかった。
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「いらっしゃいませ」
声は、いつも通りに出る。
レジに立って、バーコードを通す。
ピッ、という音が、一定のリズムで続く。
その繰り返しの中に、ほんの少しだけ余裕がある。
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昨日と、何が違うのか。
考えてみても、はっきりとは分からない。
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朝、家を出るとき。
父はもういなかった。
テーブルの上の資料も、なくなっていた。
それだけ。
それだけのはずなのに。
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胸の奥の重さが、ほんの少しだけ軽くなっている。
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「袋、お願いします」
客の声に、我に返る。
「かしこまりました」
手は、迷いなく動く。
指先が、いつもより少しだけ正確に動いている気がする。
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同じ動作。
同じ場所。
同じ時間。
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それでも。
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「……ありがとうございました」
声に、ほんの少しだけ温度があった。
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レジの前が途切れる。
ふと、息をつく。
深く吸い込んでも、胸の奥は痛まない。
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「綾」
背後から声をかけられる。
振り返ると、同僚が立っていた。
「最近、ちょっと雰囲気違うよね」
不意に言われて、言葉が詰まる。
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「そうですか?」
「うん。なんか、ちょっとだけ楽そう」
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楽。
その言葉が、少しだけ遠くに感じる。
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「……そうかもしれません」
はっきりしないまま、そう答える。
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同僚は、それ以上は何も言わずに笑って、戻っていく。
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自動ドアが開く。
反射みたいに顔を上げる。
一瞬だけ、息が止まる。
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違う。
そこにいたのは、ただの客だった。
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それでも。
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少しだけ、思う。
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あの人は、今日もどこかで、同じように何かを動かしているのかもしれない。
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そう考えてから、すぐにやめる。
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考えない方が楽なことは、まだ多い。
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それでも。
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同じ場所に立っているはずなのに、
ほんの少しだけ、違う場所にいる気がした。




