第66話 現場という場所
北山学園の門をくぐると、空気が少しだけ違った。
広い敷地。整えられた植栽。
どこを見ても、手が入っているのが分かる。
父は、ゆっくりと歩きながら周囲に目を配る。
見るというより、“測っている”ような視線だった。
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「こちらです」
前を歩く男が、振り返る。
世古だった。
前と変わらない。
整っているのに、どこか疲れている顔。
それでも、立ち方に迷いがない。
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「……どうも」
父は、短く頭を下げる。
「本日はお時間ありがとうございます」
世古も、同じように頭を下げる。
それ以上の言葉はない。
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校舎の裏手に回る。
見えない場所ほど、よく分かる。
排水の流れ。
外壁の細かな補修跡。
手入れの頻度。
父の視線が、ゆっくりと動く。
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「……悪くないな」
小さく呟く。
誰に聞かせるわけでもない声。
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「ありがとうございます」
世古は、ただそれだけ返す。
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しばらく歩く。
途中で、古いベンチの前で足が止まる。
木材の一部が傷んでいる。
父は、しゃがみ込む。
手で軽く押す。
指先で、木の状態を確かめる。
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「ここは、替えた方がいい」
顔を上げずに言う。
「まだ使えるが、長くはもたん」
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「承知しました」
世古は、すぐに頷く。
メモは取らない。
けれど、そのまま覚えているようだった。
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父が立ち上がる。
その動きが、ほんの少しだけ軽い。
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「……あんた」
ふと、父が言う。
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「はい」
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「現場、分かってるな」
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短い問い。
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世古は、一瞬だけ間を置いてから答える。
「必要な範囲で」
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それだけ。
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父は、少しだけ目を細める。
試すような視線。
けれど、それ以上は何も言わない。
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「……ここなら」
ぽつりと、父が言う。
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「やれるかもしれん」
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その言葉は、誰に向けたものでもなかった。
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風が、少しだけ吹く。
木々が揺れる音が、小さく響く。
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世古は、その場で一歩下がる。
そして、ゆっくりと頭を下げる。
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「お願いします」
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短い言葉だった。
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父は、何も言わない。
ただ、もう一度だけ周囲を見渡す。
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「……まだ分からん」
小さく呟く。
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「だが」
一拍。
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「悪くない」
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それが、父の答えだった。




