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毎日来る副校長が、なぜか“会計の瞬間だけ消える”話  作者: おみき
第8章 HOPE ―動き出す現実―
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第63話 必要とされること

玄関の前で、一度だけ足を止める。


古い戸建てだった。

外壁は少し色褪せていて、手入れは行き届いているのに、どこか時間の重みを感じさせる。


インターホンを押す。


わずかな間を置いて、足音が近づいてきた。


扉が開く。


「……はい」


出てきたのは、想像よりも小さく見える男だった。


けれど、立ち方に無駄がない。

身体に染み付いた癖のようなものが、まだ残っている。


「はじめまして。世古と申します」


軽く頭を下げる。


相手は、少しだけ目を細めた。


「……綾の、知り合いか」


「はい。仕事の関係で、お話がありまして」


嘘ではない。

ただ、すべてではない。


男はしばらく黙ってから、ゆっくりと頷いた。


「上がってくれ」



居間には、柔らかい光が差し込んでいた。


奥の方で、女性がこちらを見ている。


「母です」


男が短く言う。


「はじめまして」


世古はもう一度、頭を下げた。


女性は、少し驚いたような顔をして、それから小さく会釈を返す。


その視線が、ほんの一瞬だけ、こちらを測るように動いた。


――分かっている。


そういう目だった。



「単刀直入に申し上げます」


世古は、持ってきた資料をテーブルに置いた。


「北山学園で、用務員の方を探しています」


男の眉が、わずかに動く。


「施設管理、修繕、環境整備。

いずれも経験のある方が必要です」


ページをめくる。


図面。スケジュール。必要人員。

無駄のない構成で、必要な情報だけが並んでいる。


「現在の学園は、公立と私立の機能を併せ持つ形で運営されています。

そのため、通常よりも細やかな対応が求められます」


男は黙って聞いている。


「現場を理解している方でなければ、務まりません」


一度、言葉を切る。


そして、視線をまっすぐに向けた。


「あなたの経歴を拝見しました」


ほんのわずかに、空気が変わる。


「工務店の経営。現場経験。人材管理。

どれも、この職務に必要なものです」


男の手が、ゆっくりと膝の上で組まれる。



「……俺は、もう現場から離れてる」


低い声だった。


事実を述べているだけの声。


「承知しています」


世古は即座に答える。


「それでも、必要です」


一拍。


「私の学園には、あなたが必要です」



沈黙が落ちる。


時計の音だけが、小さく響く。


女性が、静かにこちらを見ている。


その目に、わずかな揺れがあった。



「……条件は」


男が、短く問う。


世古は、事前に用意していた内容を伝える。


給与。勤務時間。福利厚生。

どれも、一般的な条件よりも一段上だった。


だが、それを誇ることはしない。


ただ、事実として並べる。



「……なんで、俺なんだ」


男の声が、少しだけ低くなる。


その問いは、仕事の話ではない。


世古は、ほんのわずかだけ視線を落とした。


そして、もう一度、顔を上げる。



「必要だからです」


それだけを言う。



嘘はない。


余計な説明もない。



しばらくして、男が小さく息を吐いた。


その動きが、ほんの少しだけ軽くなっている。


「……考えさせてくれ」


「もちろんです」


世古は、深く頭を下げた。



帰り際。


玄関で、女性が静かに声をかける。


「……あの」


世古が振り返る。


「ありがとうございます」


小さな声だった。


けれど、はっきりと届いた。



世古は、ほんの一瞬だけ間を置いてから、首を横に振る。


「あなた方の力です」


そう言って、もう一度だけ頭を下げた。



外に出る。


空気は、来たときよりも少しだけ軽かった。

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