第63話 必要とされること
玄関の前で、一度だけ足を止める。
古い戸建てだった。
外壁は少し色褪せていて、手入れは行き届いているのに、どこか時間の重みを感じさせる。
インターホンを押す。
わずかな間を置いて、足音が近づいてきた。
扉が開く。
「……はい」
出てきたのは、想像よりも小さく見える男だった。
けれど、立ち方に無駄がない。
身体に染み付いた癖のようなものが、まだ残っている。
「はじめまして。世古と申します」
軽く頭を下げる。
相手は、少しだけ目を細めた。
「……綾の、知り合いか」
「はい。仕事の関係で、お話がありまして」
嘘ではない。
ただ、すべてではない。
男はしばらく黙ってから、ゆっくりと頷いた。
「上がってくれ」
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居間には、柔らかい光が差し込んでいた。
奥の方で、女性がこちらを見ている。
「母です」
男が短く言う。
「はじめまして」
世古はもう一度、頭を下げた。
女性は、少し驚いたような顔をして、それから小さく会釈を返す。
その視線が、ほんの一瞬だけ、こちらを測るように動いた。
――分かっている。
そういう目だった。
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「単刀直入に申し上げます」
世古は、持ってきた資料をテーブルに置いた。
「北山学園で、用務員の方を探しています」
男の眉が、わずかに動く。
「施設管理、修繕、環境整備。
いずれも経験のある方が必要です」
ページをめくる。
図面。スケジュール。必要人員。
無駄のない構成で、必要な情報だけが並んでいる。
「現在の学園は、公立と私立の機能を併せ持つ形で運営されています。
そのため、通常よりも細やかな対応が求められます」
男は黙って聞いている。
「現場を理解している方でなければ、務まりません」
一度、言葉を切る。
そして、視線をまっすぐに向けた。
「あなたの経歴を拝見しました」
ほんのわずかに、空気が変わる。
「工務店の経営。現場経験。人材管理。
どれも、この職務に必要なものです」
男の手が、ゆっくりと膝の上で組まれる。
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「……俺は、もう現場から離れてる」
低い声だった。
事実を述べているだけの声。
「承知しています」
世古は即座に答える。
「それでも、必要です」
一拍。
「私の学園には、あなたが必要です」
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沈黙が落ちる。
時計の音だけが、小さく響く。
女性が、静かにこちらを見ている。
その目に、わずかな揺れがあった。
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「……条件は」
男が、短く問う。
世古は、事前に用意していた内容を伝える。
給与。勤務時間。福利厚生。
どれも、一般的な条件よりも一段上だった。
だが、それを誇ることはしない。
ただ、事実として並べる。
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「……なんで、俺なんだ」
男の声が、少しだけ低くなる。
その問いは、仕事の話ではない。
世古は、ほんのわずかだけ視線を落とした。
そして、もう一度、顔を上げる。
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「必要だからです」
それだけを言う。
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嘘はない。
余計な説明もない。
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しばらくして、男が小さく息を吐いた。
その動きが、ほんの少しだけ軽くなっている。
「……考えさせてくれ」
「もちろんです」
世古は、深く頭を下げた。
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帰り際。
玄関で、女性が静かに声をかける。
「……あの」
世古が振り返る。
「ありがとうございます」
小さな声だった。
けれど、はっきりと届いた。
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世古は、ほんの一瞬だけ間を置いてから、首を横に振る。
「あなた方の力です」
そう言って、もう一度だけ頭を下げた。
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外に出る。
空気は、来たときよりも少しだけ軽かった。




